境川部屋の親方とおかみさんはどんな人?子どもの数は?

妙義龍関や佐田の海関が所属する境川部屋は角界屈指の厳しい稽古で知られています。

師匠の境川親方とはどのような人なのでしょうか。

親方の人柄や奥さんであるおかみさん、子どもについてまとめました。

境川部屋の親方

プロフィール

四股名:小林山秀昭→両国秀昭→両国梶之助

本名:小林秀昭

生年月日:1962年7月30日

出身:長崎県長崎市

人柄

境川部屋に所属していた元大関豪栄道によれば「師匠は一緒に泣いて喜んでくれる熱い人」だそうです。

また「義理と人情を大事にされる師匠なので、そこを一番に学びました。境川部屋に入ってなかったら、もっとうぬぼれた人間になっていたと思うので、自分を正してくれて感謝しています」とも引退後に話していました。

豪栄道の言葉だけで人柄がわかりますね。

境川親方が大切にする義理人情は同郷の先輩(元幕内吉の谷)に教えられたそうです。豪栄道だけではなく部屋の他の力士にも、親方の教えが受け継がれているのでしょうね。

境川部屋で師範代をしている舞の海さんによれば、境川親方は

「弟子たちの成績が悪いとすごく落ち込むけれど、それは周りには出さない。 厳しさと愛情の両方が強い親方

だそうです。

佐田の海が境川部屋に入ったのも、父の先代佐田の海が「男を磨くなら境川部屋だ」と言って勧められたからです。このことからも境川親方の男気がわかりますね。

さらに親方の男気と優しさがわかる出来事がありました。それが2020年のことです。

境川部屋のすぐ近くの橋から飛び降りた女性がいたのですが、通行人が助けを求める声に境川親方が気付き、弟子を救助に向かわせ女性を助けました。

その時親方は

「女性をそっとしておいてあげてほしい。ぺらぺら語るのはかわいそう」

「いいことをしたとかはサラサラない。男として当たり前のことをしただけ」

と話したのです。

かっこいい親方ですね。

相撲の経歴

境川親方は小学校と中学校では柔道、ソフトボール、サッカーなどのスポーツを行い、相撲は長崎県立諫早農業高等学校に進学してから始めました。

高校生ですでに182cm・110kgという巨漢だったそうです。

その後日本大学に進学し、相撲部に入ります。

相撲部で主将になると、全国学生相撲選手権大会で活躍。

卒業後はスカウトにより、出羽海部屋へ入門しました。

1985年3月場所で幕下付出で初土俵。

1986年3月場所で新十両へ昇進すると、1987年3月場所で新入幕を果たし、四股名を「両国」に改めます。

そこから2場所連続で勝ち越して、同年7月場所で新小結に昇進しました。

ここまでは関取になるのも早く、幕内に入ってからは新三役へトントンと上がったのですね。

しかしその後は関脇まで上がることはならず、1992年11月場所で十両に陥落すると、ケガにより途中休場したことで、1993年1月場所で幕下陥落が決定的になったため、1992年12月で引退しました。この時30歳でした。

現役生活7年余りの間に殊勲賞1回、敢闘賞1回、金星は3個獲得しています。

引退後

1992年に引退後は年寄・中立(12代)を襲名し、出羽海部屋の部屋付き親方として後進の指導に当たりました。

1998年5月、2人の内弟子と同郷の先輩である12代大鳴戸(元幕内・吉の谷)を連れて、出羽海部屋から分家独立して中立部屋を創設しました。

この時担保がなく、新たに部屋を建てたくても融資をしてくれる銀行がなかったそうですが、最後に訪ねた銀行の支店長が学生相撲のファンで、親方の事をよく知っていたことで、融資を受けることができたそうです。

借金してまで相撲部屋を作ったのは、横綱や大関を作りたいという思いがあったからだそうですね。男の夢なのでしょう。

そして2003年1月、12代境川(元横綱・佐田の山)が定年退職を迎える直前に、互いの年寄名跡を交換して、親方は13代境川を襲名し、同時に部屋の名称を境川部屋へ変更しました。

2016年1月、日本相撲協会理事選挙に立候補し初当選。

2020年1月の役員候補選でも無投票で理事に選任されています。

親方としてはこれまで豪栄道を始め、妙義龍、佐田の海などたくさんの関取を育てています。

おかみさんは美人

境川部屋のおかみさんは小林美奈子さんで、境川親方と同い年か1つ下のようです。

おかみさんは新潟県立新潟高等学校を卒業しているので、新潟出身だと思われます。

わかったのはそれだけで、それ以外の情報はありませんでした。

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上の写真におかみさんが写っていますが、きれいな人ですね。

子ども

境川親方には息子さんが二人います。

2010年に豪栄道が野球賭博に関与したことで謹慎処分を受けた時、親方の実家に脅迫電話があったり、玄関の表札が取られたり、親方の家族にも迷惑をかけたそうです。

その時豪栄道と、同じ部屋で野球賭博に関与した豊響は、頭をこすりつけて二人の子どもに謝ったとされています。

子どもたちも怖い思いをしたのかもしれませんね。

親方やおかみさんの年齢を考えると、二人とも成人しているのではないでしょうか。力士にはならなかったみたいですね。

境川親方とおかみさん、子どもまとめ

境川部屋の親方とおかみさん、子どもについてまとめました。

境川親方は義理と人情に厚く、男気のあふれる人のようです。

おかみさんとの馴れ初めなどはわかっていませんが、子どもは息子さんが二人います。

境川親方は独立した時苦労されましたが、何人もの関取を育て上げることができたのは親方の指導力が優れていたからでしょう。

豪栄道が優勝して初めて部屋から幕内優勝力士が出た時は、喜びもひとしおだったと思います。

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