佐田の海の父と祖父も元力士?母や出身中学は?

現在の佐田の海は2代目で、父が初代佐田の海でした。

佐田の海の祖父が元横綱佐田の山と思っている人もいるようですが、事実なのでしょうか。

佐田の海の母と出身中学についても調べました。

佐田の海の父は初代佐田の海

佐田の海の父も元力士で、佐田の海鴻嗣(さだのうみこうじ)という四股名でした。

上の画像を見比べると父子はよく似ています。

父の本名は松村宏司(こうじ)さんで、出生地は熊本県阿蘇郡、出身は大阪府堺市で1956年7月19日に生まれました。

中卒で出羽海部屋へ入門し、1972年3月場所で初土俵を踏みました。

最初は本名を四股名にしていましたが、1978年3月場所で新十両に昇進した後に改名し、初代佐田の海になったのです。

そして1980年11月の新入幕の場所で11勝を挙げ、敢闘賞を受賞します。

息子の佐田の海が新入幕で敢闘賞を受賞した時には、史上初めて親子で新入幕の場所で三賞を受賞したことになりました。

なかなかすごいことですよね。親子幕内としても史上8組目でした。

私は現役時代の初代佐田の海は記憶にないのですが、親子とも右四つからの速攻相撲が得意で、土俵上のしぐさもよく似ているようです。

佐田の海はイケメンと言われますが、初代も女性にモテたそうです。

初代佐田の海は東小結まで昇進しましたが、番付運に恵まれず関脇には昇進できませんでした。

その後肘を痛めて、1988年7月場所で引退。

幕内在位45場所、三役(小結)在位4場所という成績で、殊勲賞1回、敢闘賞2回、技能賞1回獲得しました。

出羽海部屋付きの親方を務めた後退職し、大阪府東大阪市でちゃんこ料理店「相撲茶屋 佐田の海」を経営していました。

肘の手術を受けた後、お店は娘さんに任せていたそうですが、現在もこのお店があるのかはわかりませんでした。

佐田の海にとって父は憧れの存在で、入門してからずっと父の背中を追ってきました。

本場所中は父からアドバイスの電話が届くそうです。

祖父は佐田の山?

佐田の海の祖父が元横綱佐田の山と思っている人もいるようです。

佐田の山がこちらに写っています。左上の力士ですね。

佐田の山は1938年長崎県生まれで、本名は市川晋松(いちかわしんまつ)さん。旧姓が佐々田です。

佐々田から市川へ姓が変わったのは、8代出羽海(本名・市川國一)の娘さんと結婚して市川家の婿養子となったからです。

一方、初代佐田の海は本名が松村なので、佐田の山とは親子関係にありません。初代佐田の海は佐田の山の弟子だったのです。

つまり佐田の山は2代目佐田の海の祖父でもないんですね。

佐田の海の母の名前はゆかりさんです。2022年7月現在で58歳です。画像はこちら。

目元が佐田の海と似ているようですね。

母について詳しい情報はありませんでした。

出身小学・中学校

佐田の海は1987年5月11日に熊本県熊本市で生まれました。

部屋付き親方だった父の関係で、都内の国技館近くにある小学校に通ったようです。

父が相撲協会を退職した後、小学校6年の1999年12月から中学校2年の2002年1月まで、愛知県の犬山市立城東中学校に通いました。

その後熊本市立西原中学校へ転校しています。

佐田の海は幼稚園の頃からすでに力士を志していました。

しかし父に「何でもやりなさい。いろいろやって、相撲につながることもある」と言われ、小学校ではサッカーのキーパー、中学校では野球部で捕手をしていました。

中学卒業後に境川部屋に入門し、2003年3月場所で初土俵を踏みました。

父が出羽海部屋だったのに境川部屋となったのは、師匠の境川親方(元小結・両国父の弟弟子で、「男を磨くなら境川部屋だ」と父が勧めたからです。

境川親方は男気のある人みたいですね。

父に憧れていた佐田の海は出羽海部屋に入門するのだと思い込んでいたそうです。

佐田の海プロフィール

四股名:佐田の海貴士(たかし)

本名:松村要(かなめ)

愛称:カナメ、角界の浅田真央

生年月日:1987年5月11日

出身:熊本県熊本市東区

身長:182cm

体重:142kg

所属部屋:境川部屋

得意技:右四つ・寄り・上手投げ

血液型:O型

趣味:音楽鑑賞、散歩

「角界の浅田真央」という愛称は、佐田の海が真央ちゃんに似ているからみたいですね。

私は2人が似ているとは思ったことがなかったので、最初「角界の浅田真央」というのを見た時「どういうこと?」となりました(笑)。

佐田の海の父、祖父、母、出身中学まとめ

佐田の海の父は初代佐田の海で、最高位は東小結でした。

元横綱佐田の山は初代佐田の海の父ではなく、佐田の海の祖父でもありません。

佐田の海は父の番付を超えることが目標のようです。父もそれを願っていることでしょう。

もう若手とは言えない年齢になりましたが、少しでも上を目指してもらいたいものですね。

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