花嫁

舞の海さんは大相撲を現役引退後、NHKの大相撲解説者として15日の間に何度も出演されていますよね。

現役当時は「技のデパート」と言われるほど多彩な技で人気を得ていましたが、結婚したお嫁さんはどんな人なのでしょう。

また、子供は何人いるのでしょうか。

舞の海さんの年収や実家、評判、引退後に親方にならなかった理由、新弟子検査で頭にシリコンを埋めた挿話をご紹介します。

舞の海の嫁

舞の海さんは大相撲九州場所で訪れていた福岡県で、実家のクラブを手伝っていた奥真美(旧姓)さんに一目惚れしました。

真美さんは舞の海さんの6歳年上のバツイチで、6歳の女の子と4歳の男の子がいたのです。

一人で子育てしていることを知って、健気な女性に見えたのでしょうか。舞の海さんはそんな真美さんにさらに惹かれたようです。

舞の海さんが猛アタックをして交際が始まりました。

力士は本場所以外にも巡業で日本中を回るので、遠距離恋愛となったのです。

舞の海さんは子供が苦手だったので、最初はうまく接することができなかったそうです。

両親とも結婚には反対でしたが、真美さんと子供たちを東京に呼び寄せて、一緒に暮らし始めました。

舞の海さんの真剣さが伝わったのでしょう。親は結婚を許してくれ、1997年9月27日に東京の新高輪プリンスホテルで挙式、披露宴となりました。

披露宴の様子はテレビ放送され、視聴率は19.4%だったそうです。人気力士だったので注目されたんですね。

私はこの披露宴は見ていませんが、浅野温子似の美人だそうです。こちらに画像がありました。

画面越しに撮影したらしくぼやっとしていますが、きれいな人のようです。

また、披露宴に参加した人のツイートがありました。

料理に舞の海さん出身の青森の食材が使われていることがことがわかりますね。

嫁との間の子供

舞の海さんは1998年、真美さんとの間に男の子が一人できました。結婚後すぐに産まれたんですね。

連れ子の二人を合わせて三人の子供ができたわけです。

2004年にはベストファーザー賞を受賞しているので、よき父親ぶりが認められたのでしょう。

しかし子供と一緒にテレビに出ているところを見たことはなく、子供の画像もありませんでした。

子供は三人とも成人していて、上の二人は年齢的にもう結婚しているかもしれませんね。

身長が足りずシリコンで合格

舞の海さんは新弟子検査を受ける時、身長が169cmで合格基準の173cmに達していなかったため、びん付け油を固めて頭上に乗せ、頭髪で隠して検査に臨んだそうです。

しかし上から押さえつけられて、不合格になりました。

そのため今度は手術で頭皮を剥いでシリコンを埋め込み、次の検査で合格したのです。

手術の時は激痛だったそうです。そこまでして大相撲に入りたかったんですね。

現在は合格基準が身長167cm以上と少しゆるくなりましたが、それでも身長が足りずに背伸びして合格した爆羅騎(ばらき)という力士もいます。

爆羅騎は身長160cmだったため、検査で背伸びしたところ、測定した親方は目をつぶってくれたようです。

このような親方だったら、舞の海さんも痛いシリコンを頭に埋める必要はなかったのでしょうね。

舞の海の年収

大相撲では小結まで昇進した舞の海さんですが、現在は相撲の解説者の他にも境川部屋の師範代を務め、タレントやスポーツキャスターとしても活躍しています。

CMにも出演したり、会社のイメージキャラクターを務めたり、講演もしています。

同じように相撲の解説者をしている元横綱の北の富士さんには、解説の報酬としてNHKから年間2,500万円支払われているとも言われます。

元横綱と元小結では報酬に差があると思いますが、舞の海さんもかなりもらっているでしょう。

CM一本出れば、数千万円もらえるでしょうし、イメージキャラクターの契約料は、知名度があるタレントで年間600万~1,500万とされます。

さらに舞の海さんの講演料を調べると、10万円から100万円超となっています。

これだけ見ても現役時代よりも稼いでいるのは間違いないでしょう。

ちなみに最高位だった小結は一場所だけで平幕が長かったのですが、平幕でも年収が2,000万ほどで、それに懸賞金などもありました。

相撲でも普通の会社員より稼いでいましたが、現在のほうがいろいろお金が入ってきているはずです。

舞の海さんが監修した「ちゃんこ鍋セット」や、「舞の海ラーメン」なんてものもあります。これにも監修料が支払われているはずです。

舞の海の実家

舞の海さんが生まれたのは青森県の鰺ヶ沢町舞戸町で、舞の海という名前もその町名から一字取ったそうです。

鰺ヶ沢と言えば、ブサかわ犬として有名だった「わさお」がいたところなので、地名を聞いたことがある人も多いと思います。

鰺ヶ沢は日本海側の漁師町なので、魚介類が豊富にとれるのでしょう。舞の海さんは子供の時から魚介類ばかり食べさせられていたそうです。

実家は2階建ての一軒家で、両親は毛糸店を営んでいました。

相撲が盛んな地域だったことと、父親が相撲をテレビでよく見ていたことから、舞の海さんは幼い頃から相撲を身近に感じていたようです。

鰺ヶ沢町にある道の駅わんどの2階は鰺ヶ沢相撲館(舞の海ふるさと桟敷)となっていて、舞の海さんの化粧まわしやトロフィーなどが展示されています。

さすが地元のことはありますね。

舞の海の評判

舞の海さんの解説者としての評判はどうなのでしょう。ツイッターを調べてみました。

まずは好意的な意見から。

次は好意的ではない意見。

私は舞の海さんの解説はわかりやすいので嫌いではありません。むしろ北の富士さんとの掛け合いを楽しみにしている部分もあります。

どうしても好き嫌いがあるので、人によって解釈は違いますね。

解説者としての評判はともかく、一般的な好感度はいいようで、40代以上の人のアンケート調査では常に好感度ランキングで上位に入っているそうです。

だからこそいくつもの会社のイメージキャラクターに選ばれているのでしょうね。

親方にならなかった理由

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大相撲力士は引退した後、親方になって相撲協会に残る人が多いですよね。

指導者になって強い力士を育てたいという思いもあるでしょうが、親方になれば65歳の定年まで安定した給料がもらえます。

生活に困らないので、引退した力士が親方になりたいのも当然でしょう。

しかし舞の海さんは引退後、相撲協会をやめました。

相撲協会に残るには年寄名跡(親方株)を取得して親方になるしかありませんが、舞の海さんの引退当時は親方株の取得に3億円近くかかったと言われます。

舞の海さんは親方になって指導したいという気持ちがあったそうですが、親方株を買えなくて断念したようです。

親方にならなかったのではなく、なれなかったというのが事実なんですね。

プロフィール

四股名:舞の海秀平

本名:長尾秀平

生年月日:1968年2月17日

出身:青森県西津軽郡鰺ヶ沢町

血液型:B型

身長:171cm

体重:101kg

身長と体重は関取時代のもので、現在は身長169cm、体重85kgです。

舞の海さんは3人兄弟の末っ子で、兄と姉がいます。

日本大学経済学部を卒業し、出羽海部屋へ入門。

幕下付出で1990年5月場所で初土俵を踏みました。

1994年9月場所で小結に昇進。

1996年7月場所で体重差約200kgの小錦が左膝へ倒れ込んだため大ケガをし、十両へ陥落。

その後幕内に復帰しましたが、再び十両へ陥落し、1999年11月場所で負け越して幕下陥落が決定的になり、引退となりました。

「技のデパート」と呼ばれただけのことはあって、技能賞は5回獲得しています。

舞の海さんは小兵として人気がありましたが、現在は炎鵬関が小兵として活躍しています。

二人はよく似ているとか言われますが、比較している記事はこちらをご覧ください。

>>炎鵬と舞の海が似ている?体格や技を徹底比較!

舞の海さんは境川部屋の師範代もしていますが、出羽海部屋に所属していたのになぜと思いますよね。

元小結・両国の境川親方が日本大学相撲部と出羽海部屋時代の先輩で、舞の海さんの仲人もしています。

そのような縁があり、境川部屋の師範代を任されたそうです。

両国は現役引退後は年寄・中立を襲名していましたが、出羽海部屋から分家・独立して中立部屋を創設しました。

後に元師匠である境川と名跡を交換して年寄・境川を襲名し、境川部屋と改称したのです。

境川部屋の大関豪栄道が引退する前は舞の海さんはよく、豪栄道の場所前の調子などを話していたものです。

まとめ

大相撲解説者であり、タレントでもある舞の海さんのお嫁さんや子供、年収、実家、評判などについてまとめました。

舞の海さんは現役の時からあまり顔も体型も変わっていない人ですね。いつまでも若い感じがします。

軽快な語り口の解説を今後も楽しみにしています。