伊勢ケ浜親方(旭富士)の妻と子供!現役時代から現在まとめ

照ノ富士関や照強関などの師匠である9代伊勢ケ浜親方は、第63代横綱旭富士として活躍していました。

現在は「怖い」とも言われることのある伊勢ケ浜親方ですが、部屋のおかみさんとなった妻はどんな人で子供は何人いるのでしょう。

現役時代から現在までもご紹介します。

伊勢ケ浜親方(旭富士)の妻

旭富士は大関だった1989年1月、淳子さんと言う名前の女性と結婚披露宴を行いました。

淳子さんは元・春日山親方(元前頭・大昇)の姪にあたる女性で、白百合女子大出身で、銀座の画廊に勤務していました。

旭富士が出稽古に行った時に、淳子さんに一目惚れしたそうです。春日山親方の部屋に姪がたまたま遊びに来ていたのでしょうか。

力士で親方の娘と結婚したというのはよく聞きますが、旭富士の場合は親方の姪だったんですね。

こちらの写真で淳子さんが伊勢ケ浜親方の隣で写っています。

淳子さんは2022年6月に力士以外で相撲振興に寄与した人に与えられる「永楽相撲功労賞」を受賞しました。

伊勢ケ浜部屋をおかみさんとして支えてきたことが認められたのでしょう。

淳子さんは

「人生の中で表彰された記憶は1度もなかったので、今回は思いもよらず、お話をいただいた時はうれしく思いました。

部屋を持って30年、ご褒美をいただいた気持ちになりました」

と話しています。

おかみさんは大変でしょうから、苦労もいろいろあったのでしょうね。

子供

伊勢ケ浜親方とおかみさんの間には娘さんが3人います。

生まれた年はわかりませんが、娘さんは名門私立の青山学院の付属小学校に通っていたそうです。

この小学校は親方や力士の子どもが多く通う角界御用達です。

日馬富士の長女もおかみさんの勧めで青学を選んでいますし、元貴乃花親方の長男も青学でした。

青学の後は不明ですが、3人ともすでに成人されていると思われます。

もし息子が生まれていたら相撲をやらせていたのでしょうか。

伊勢ケ浜親方の現役時代

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四股名:旭富士正也

本名:杉野森正也(すぎのもりせいや)

生年月日:1960年7月6日

出身:青森県西津軽郡木造町(現つがる市)

身長:188cm 体重:143kg(現役当時)

血液型:B型

趣味:音楽鑑賞、映画鑑賞

特技:手品

父が青森県の相撲連盟の副会長をしていたこともあり、旭富士は小さい時から相撲に取り組んでいました。

五所川原商業高校を卒業後、近畿大学に入学します。

大学卒業後は母校の高校で教師になるつもりでしたが、相撲部での雑用に嫌気が差して中退し、故郷に帰って漁師の生活をしていました。

その後スカウトされて大島部屋へ入門。

1981年1月場所で初土俵を踏むと、1982年3月場所で十両に昇進しました。

1983年3月場所で新入幕になると、同年11月場所で小結に昇進。

1986年1月場所で関脇に昇進。

1987年11月場所で大関に昇進しました。

翌1988年1月場所では千秋楽結びの一番で大の苦手の横綱・千代の富士を下し、幕内初優勝を果たしました。

その後は持病の膵臓炎の悪化もあり不振が続きましたが、病気が回復すると1990年5月場所で2度目の優勝。

翌7月場所も優勝し、場所後の横綱昇進を果たしました。

1991年5月場所で横綱昇進後初めての優勝を果たしますが、膵臓炎の再発で1992年1月場所で引退しました。

横綱在位数は9場所という短さでした。

旭富士は稽古嫌いと言われることがよくありましたが、病気の影響で稽古ができなかったそうです。

しかし番付を駆け上がっていったころの旭富士はよく稽古をしていて、師匠が声を掛けるまでけいこを続けていたそうですよ。

専門家の指導を受けて本格的なウエイトトレーニングにも取り組んでいました。

現役時代の旭富士は闘志を表さない気性もあって、やさしそうな印象を持たれていました。

若い頃の写真を見ても柔和な表情ですよね。

当時は私の好きだった千代の富士が活躍していた時なので、私もよく大相撲中継を見ていましたが、旭富士は怖い印象は全くありませんでしたね。

そして大関時代に千秋楽の結びの一番で、千代の富士に勝って優勝を決めたことが2度あるのですが、そのどちらかの対戦の前に「もう一人の横綱(千代の富士)も休んでくれないかな」と言ったことを覚えています。

当時は大乃国(現・芝田山親方)と北勝海(現・八角親方)という横綱もいましたが、その発言の時大乃国が休んでいたので、合い口の悪い千代の富士にも休んでほしかったんですね。

二人は幕内で36回取組がありましたが、旭富士が千代の富士に勝ったのはわずか6番のみなんです。

それほど苦手な千代の富士に千秋楽の結びの一番で勝って優勝した時、私はすごく驚きました。よく勝てたなと ∑(`□´/)/ ナニィィイイイ!!

私は千代の富士を応援していたので、うれしくはなかったんです。

引退から現在まで

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旭富士は引退後に旭富士親方となりましたが、1993年に年寄「安治川」を襲名して安治川部屋を継承し、安治川親方となりました。

2007年には「安治川」から「伊勢ヶ浜」へ年寄名跡を変更し、伊勢ヶ浜部屋を再興しました。

現在は2019年に引退した安美錦が安治川親方になっていますが、伊勢ヶ浜親方は安美錦の父のいとこなんですね。

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2013年1月、伊勢ヶ浜親方は理事補欠選挙に立候補し、無投票で当選。

2014年1月の理事選挙でも当選すると、2016年1月の理事選挙でも当選。

2017年、部屋所属の横綱日馬富士の暴行事件の監督責任を取るため、理事を辞任しました。

2020年1月の理事選挙で当選し、3年ぶりに理事に復帰。審判部長を務めることも決まりました。

伊勢ケ浜親方は指導が非常に厳しく、弟子の照ノ富士関によると「怒ると鬼みたいだから一番怖い」そうです。

現役時代を知っている私からすれば、厳しそうという印象がなかったため意外に感じました。

現在は怖そうな外見から「組長」とも呼ばれているそうですね。人はそんなに変わるものかと感慨深いんですが (-_- )

でも普段は面白い人で、人を笑わせるのが好きなようです。そして親方は天理教の信徒として知られています。

伊勢ケ浜親方の妻、子供、現役時代、現在まとめ

元横綱旭富士の伊勢ケ浜親方は元春日山親方の姪と結婚し、3人の娘さんをもうけました。

現役時代はやさしそうな印象でしたが、現在は「組長」と言われるほど怖がられています。

でも実際は人を笑わせることが好きな人のようですね。

現在は伊勢ケ浜部屋の師匠として弟子を指導しながら、相撲協会の理事として審判部長を務めています。

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