安美錦(安治川親方)の嫁は才色兼備!子供の数や兄弟は?

多彩な技で土俵を沸かせた人気力士の安美錦は、引退して安治川親方となりました。

ケガに苦しみながらも長く現役を続けられたのは、家族の支えがあったからのようです。

そんな安美錦のお嫁さんはどんな人なのでしょう。

そして子供は何人いるのでしょうか。

若い頃や兄弟、学歴、現在についてもまとめました。

安美錦(安治川親方)の嫁は才色兼備

2013年2月、安美錦は34歳の時に、家事手伝いで東京都出身の浅香絵莉さん(29歳)と婚約しました。

絵莉さんは身長170センチの元グラビアアイドルで、早大法学部卒という才女。白井絵莉(愛称シラエリ)という名前で活動し、映画やドラマなどにも出演していました。

2人は2012年の12月に日馬富士の横綱昇進祝賀会で後援者から紹介されて、交際を開始していたのです。

つまり交際からわずか2ヶ月で婚約という速さだったんですね。お互い一目惚れだったそうです。

プロポーズの言葉は「オレのみそ汁を作ってください」でした。意外にも(?)古風なプロポーズだったんですね。

安美錦は絵莉さんのことを「自然な感じが心地よかった。すてきな方だと思った。ピンと来た」

絵莉さんは安美錦のことを「冷静なんだけど、面白いところが好き」

とお互いのことを話していました。

女性人気が高かった安美錦なので、婚約発表にショックを受けたファンも多かったことでしょう。

婚約指輪は8.5カラットのダイヤで、給料1年分だそうです。値段は推定約2,000万円!さすが関取は稼いでいたようです。

結婚披露宴は2013年6月にホテルニューオータニで行われ、約700人が出席しました。盛大に祝福されたみたいですね。

絵莉さんは料理は全くしていなかったそうですが、アスリートフードマイスターの資格を取得しました。

そして安美錦のために10品目以上の料理を準備し、地方場所では定期的に食事をチルドパックで送っていたそうです。

力士である夫の体を考えて、献身的に支えたんですね。おかげで安美錦の体調もよくなったみたいです。

いい奥さんをもらったなと感じますね。

子供の数

安美錦夫妻の間に2013年10月、第1子となる長女・友緑(ともみ)ちゃんが誕生しました。

2015年5月には次女・公緑(くみ)ちゃんが誕生。

その時の様子が安美錦のブログに載っていました。それがこちら

2人とも「緑」が付くんですね。どちらもなかなか難しい読み方です。

そして2017年7月には第3子となる長男・丈太郎君が誕生。誕生時の写真はこちら

安美錦にはこれまで1男2女ができたことになります。

2022年5月に行われた安美錦の断髪式では家族そろったところが見られました。

お嫁さんによれば安美錦は子煩悩で、子供をすごくかわいがっているみたいですね。

「3人目の子供が相撲をわかるまで取れたらいい」と話していた安美錦ですが、長男が2歳の時に「あみにしき」と口にしたため、安美錦はすごく喜んだそうです。

「言えたから、もういい。全部やったな」と。目標が達成できたという感じだったのでしょう。

お嫁さんと子供が安美錦の大きな力になっていたのが感じられますね。

娘さん2人は学習院初等科に通っているそうです。ということは息子さんも同じ学校に入学する可能性が高いですね。

若い頃

安美錦は高校まではガリガリで細く、入門してからは太るためにどんぶり飯5杯とおかず5、6品を専用のテーブルで食べさせられたそうです。

新入幕の時には幕内最軽量で小兵だったため、大ケガにもつながりました。

一方、巡業先ではあちこち遊びに出掛けて、兄弟子に注意されることもあったようです。

地元の青森では遊ぶところがなかったそうなので、全国を回っていると刺激的で楽しかったのでしょう。

安美錦はイケメン力士だったため、女性にモテモテだったことは容易に想像できます。それこそ女性はよりどりみどりだったでしょう。

そんな中、現在のお嫁さんと運命の出会いを果たしたんですね。

兄も祖父も元力士で師匠は親戚

安美錦の兄も元力士で、安壮富士(あそうふじ)という四股名でした。

兄弟とも高卒で安治川部屋に入門し、2006年11月場所と2007年1月場所の2場所で、兄弟同時幕内も実現しました。

しかしその後安壮富士は十両に陥落すると一度も幕内に戻ることなく、八百長に関与したため2011年に引退となりました。

引退後は伊勢ヶ濱部屋専属のトレーナーを務めていましたが、現在は故郷の青森に戻り、産業廃棄物処理などを請け負う会社で支店長を務めています。

また安美錦の断髪式では安壮富士は相撲甚句を披露していました。歌がすごく上手みたいですね。

安美錦の祖父も元力士で出羽海部屋に所属していましたが、四股名はわかりませんでした。顔写真も見当たりません。

安美錦の父は地元の相撲道場の指導者で、青森県相撲連盟会長を務めていました。

まさに相撲一家だったんですね。

また父は漁師で、民宿「杉野森旅館」の経営もしていました。母と祖母と一緒に切り盛りしていましたが、数年前に旅館を閉めています。

民宿の名前からわかるように安美錦の本名は杉野森ですが、伊勢ヶ浜親方(元横綱旭富士)の本名も杉野森です。

伊勢ヶ浜親方は安美錦の父のいとこに当たるんですね。その縁で安美錦と兄は安治川部屋(後の伊勢ヶ濱部屋)に入門することになったそうです。

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引退後から現在

安美錦は2019年7月場所で引退しました。この時40歳。

殊勲賞4回、敢闘賞2回、技能賞6回と12回も三賞を受賞し、関取在位は117場所で歴代1位、さらに昭和以降で最高齢(39歳6ヶ月)の再入幕を記録しました。

また「技のデパート」と呼ばれた舞の海の34手を超える、45手の決まり手を決めました。

技巧派と言われるほど相撲がうまかった安美錦ですが、度重なるケガで幕下陥落が決定的になり引退を決意。その後年寄・安治川を襲名しました。

2021年4月には早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程1年制に入学。スポーツマネジメントなどを学びました。

安美錦は妻の絵莉さんが早大出身ということもあり、一緒の学校に行きたかったようです。

修士論文のテーマは「相撲部屋におけるおかみさんの役割について」で、相撲部屋のおかみさん6人にインタビューして書いたそうです。

元横綱稀勢の里の二所ノ関親方も2020年に同じ課程で学び、修士課程を修了しました。

安美錦は鰺ヶ沢高校を卒業していますが、稀勢の里は中卒で大学院に入学しています。それについてはこちらの記事をご覧ください。

 

安美錦は2022年12月1日付で伊勢ヶ濱部屋から独立し、安治川部屋を再興しました。

プロフィール

四股名:杉野森竜児(すぎのもりりゅうじ) → 安美錦竜児(あみにしきりゅうじ)

本名:杉野森竜児

愛称:あみたん

生年月日:1978年10月3日

出身:青森県西津軽郡深浦町

血液型:A型

趣味:ドライブ、ゴルフ、映画鑑賞

安美錦の嫁と子供、兄弟まとめ

安美錦は兄も祖父も元力士の相撲一家で育ちました。

安美錦は34歳の時に元グラビアアイドルと結婚し、3人の子供をもうけました。

何度もケガに悩まされましたが、家族の存在が支えになっていたようです。

引退後は安治川親方として伊勢ヶ濱部屋で後進の指導に当たった後、安治川部屋を再興しました。

今後どのような力士を育てていくのか楽しみですね。