離婚届

荒磯親方(元横綱稀勢の里)が所属する田子ノ浦部屋の親方夫人は美人おかみで有名でした。

しかし2020年4月に田子ノ浦親方と離婚していたことがわかりました。

その理由は不倫と噂されていますが、相手の力士とは誰なのでしょう。

親方とおかみさんの馴れ初めと子どもについてもご紹介します。

田子ノ浦親方の嫁

田子ノ浦親方は2013年6月18日、37歳の誕生日に31歳の原田琴美さんと結婚しました。

琴美さんは福岡県出身です。

臨床検査技師の資格を持ち、病院に勤務していました。

二人は知人の紹介で知り合い、親方は琴美さんの気遣いができるところに惹かれたようです。

3年ほど交際した後、琴美さんはおかみとなりました。

画像がこちら。左の女性です。

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目元がパッチリした美人ですね。まさに博多美人。

親方と揃っているところは稀勢の里の横綱昇進伝達式の時に見られました。

美女となんとかという言葉を思い出すのは私だけでしょうか。

親方は2006年に現役を引退しているので、親方になってからの結婚だったのですね。

荒磯親方も現役中は相撲に専念したいということで、結婚しませんでしたし、田子ノ浦親方も同じような考えだったのでしょうか。

相撲と結婚の両立はできない人だったのかもしれませんね。

子どもは一人?

田子ノ浦親方とおかみさんの間には、2016年2月に「しんのすけ」という男の子が生まれています。

親方の名前が伸一なので、伸の字を取ったのではないかと思います。

こちらのブログに写真が載っていました。

おかみさんの幸せそうな顔が写っていますね。

この後、他に子どもができているかは不明でした。

離婚理由は不倫?

2020年4月に田子ノ浦親方とおかみさんが離婚したとフライデーに報じられました。

なんとおかみさんが弟子に寝取られたとの疑惑があるそうです。

記事によると、おかみさんは部屋の若手力士Xと不倫して部屋を追い出され、不倫相手とされる弟子は2019年9月に突然謎の引退をしています。謎の引退って怪しいですね。

親方が言うには離婚したのは事実で「お互いにこれ以上一緒にいるのは無理」という話になったそうです。

ちゃんと話し合いの末での合意離婚のようで、駆け落ちではないようですね。

親方は色んな噂があるのは聞いているようですが、それが離婚の原因ではないと話しています。

親方は出版社の記事によれば夜遊びが大好きだそうです。

そんな親方に嫌気が差して、おかみさんは弟子との恋愛に走った可能性はありますね。

おかみさんは日々若い弟子たちの面倒を見ているので、仲がよくなっても不思議ではありません。「親方が遊ぶなら私も」という風になったのでしょうか。

弟子におかみさんを取られたと言えば、八角親方もおかみさんに弟子と駆け落ちされています。おかみさんと弟子との恋は珍しいことではないのでしょう。

八角親方はその後再婚しているので、田子ノ浦親方もそのうち再婚するかもしれませんね。

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子どもはどちらが引き取ったのかはわかっていません。

離婚すると母親が引き取ることが多いので、おかみさんの方ではないかなと思います。

不倫相手のXとは

フライデーによると若手力士Xは2017年に入門し、将来を嘱望されていました。Xは入門してすぐおかみさんと親密になったそうです。そして2019年9月に引退しています。

2017年に田子ノ浦部屋に入門し、2019年9月に引退をした力士を調べると一人いました。

それが明石隆尚哉(あかしりゅうなおや)さん。本名は田中尚哉さんで、1998年6月4日兵庫県明石市生まれです。最高位は三段目63枚目でした。

こちらに写真があります。

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もう一人、同い年の若佐竹(わかさたけ)さんも2017年に田子ノ浦部屋に入門し、2019年9月に引退をしています。

しかし、若佐竹さんは2018年2月に、田子ノ浦部屋から独立した西岩親方が新設した西岩部屋に移籍しているので、Xとは違うでしょう。

明石隆さんも若佐竹さんも引退理由がわかっていません。不倫がばれたからなのか、相撲を諦めたからなのか。

ケガで辞めていく力士も多いようなので、厳しい世界であることには違いないですね。

田子ノ浦親方はこんな人

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田子ノ浦部屋千秋楽祝賀会に行ってきました! 事務所の先輩、前田瑠美さんの圧巻のステージ、素晴らしかった!! #守りたいこの笑顔 #相撲 #田子ノ浦部屋 #かわいい #田子ノ浦親方

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ここからは田子ノ浦親方について簡単にご紹介します。

プロフィール

四股名:隆の鶴伸一(たかのつるしんいち)

本名:積山伸一(せきやましんいち)

生年月日:1976年6月18日

出身:鹿児島県出水市

血液型:B型

最高位:西前頭8枚目

相撲の経歴

隆の鶴(四股名)は1992年3月場所で初土俵を踏みます。

小さい時から足の病気を持っており、幕下を目前にして2度足の手術をしています。

2回目の手術は両足親指を切断して神経を除去し、再度両足の親指を縫い合わせるという大手術でした。

想像すると恐ろしい経験ですね。

そのため11ヶ月も入院生活が続いたそうです。大変な思いをされているんですね。

その結果、1996年7月場所から5場所連続の休場となり、番付外まで番付を落としてしまいます。

1998年9月場所で幕下へ昇進すると、2001年3月場所で新十両へ昇進。

関取になるまで9年かかったことになります。足の病気のためになかなか上へ上がれなかったのでしょう。

そして2003年1月場所で新入幕。

2003年9月場所では幕下まで陥落しますが、2004年9月場所で再入幕となります。

しかし幕内は2場所しか続かず、2005年1月場所で十両へ陥落。

その後十両が続きましたが、2006年5月場所では幕下へと陥落し、1勝もできずに引退となりました。

この時隆の鶴は29歳。最高位は西前頭8枚目で、幕内在位は5場所のみでした。

引退後

引退後は鳴戸部屋の部屋付き親方となりましたが、2007年5月に元関脇・若の里から名跡を借りて年寄・9代西岩を襲名しました。

2011年11月に師匠の13代鳴戸親方(元横綱・隆の里)が急逝したため、若の里に西岩の名跡を返却して、鳴戸の名跡を取得し、14代鳴戸を襲名して鳴戸部屋を継承しました。

鳴戸の名跡は先代の未亡人から借りたものです。

2013年、協会から年寄名跡証書の提出を求められましたが、未亡人は鳴戸を譲らなかったため、14代鳴戸は2012年に親方が亡くなって以来空いていた田子ノ浦(元幕内・久島海)の名跡を取得し、16代田子ノ浦を襲名しました。

これで鳴戸部屋は田子ノ浦部屋に改称する形で消滅することになりました。

名跡を借りたり新しく取得したりといろいろあって、現在の田子ノ浦親方になっているのですね。

まとめ

田子ノ浦親方の元美人妻と子ども、おかみさんの不倫相手とされる弟子についてまとめました。

おかみさんは博多美人という言葉が似合う女性でしたね。

子どもは男の子が一人いることがわかりました。

不倫相手は明石隆さんなのかは断定できませんが、理由がわからず引退したのは事実です。

将来を嘱望されていたとのことなので、部屋にとっても打撃だっただろうと思われます。

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