ヤンキー

大相撲で活躍する阿武咲関は元ヤンキーではないかという噂があるようですが、実際はどうなのでしょう。

また阿武咲関には子供くらい年の離れた弟がいることがわかりました。

歌がうまいとも言われています。

読めない四股名の代表でもある「阿武咲」の由来など、阿武咲関について気になることをまとめました。

阿武咲は元ヤンキー?

「阿武咲」と検索すると「ヤンキー」というキーワードが出てきます。

ツイッターを見ると

ツイッターなどで調べる限り見た目や相撲がヤンキーっぽいというだけで、実際にヤンキーだったという事実はないようですね。

阿炎が言動からヤンキーと思われていたのと同じなのでしょう。

ただ舞の海さんによると子供の頃はやんちゃだったそうです。

試合で負けた後に舌を出すなど、土俵上の所作に相手を敬う気持ちが欠けていたそうですよ。

そこで先代の阿武松親方(元関脇益荒雄)が阿武咲関に謙虚さと感謝の気持ちの大切さを毎日説き続けたそうです。

すると十両の昇進会見の時に「感謝の気持ちと謙虚さを持って精進していきたい」などと「感謝」と「謙虚」の言葉を8度も口にしたのです。師匠の教えがあったからでしょう。

見た目はヤンキーでも中身は師匠の教えをしっかり受け継いでいる真面目な青年なんですね。

ちなみに照強関は中学時代本物のヤンキーでした。彼は見た目を裏切っていません(笑)。

阿武咲は4兄弟

阿武咲関はなんと男ばかりの4兄弟です。阿武咲関が長男で弟が3人。今どき4人も兄弟がいるのは珍しいですね。

こちらに弟さんたちと映っていました。

2020年2月時点では阿武咲関は23歳だったので、一番上の弟とは19歳、一番下の弟とは23歳離れていることになります。ほとんど親子と言ってもいいくらい。

こちらのツイートによると、阿武咲関の両親は阿武咲関が幼い頃離婚して、父は再婚したようです。

阿武咲関の父は1978年生まれの安美錦と同い年ということなので、1996年生まれの阿武咲関は父がまだ高校3年生の時に(!)生まれたことになりますね。

弟たちからは本当は「にいにい」と呼ばれたいけれど「お兄ちゃん」としか呼んでもらえないそう。でもテレビで応援してくれているのが力になっているそうです。

年が離れているから余計にかわいいのでしょうね。かわいがっている様子が目に見えるようです。

もしかしたらまた弟か妹が増える可能性がなきにしもあらずですね。

両親はどんな人?

阿武咲関の父はまだ40歳過ぎという若さです。

上のツイートにあるように青森から東京に出稼ぎに行っていた時期があるみたいですね。ということは実家は農家かなんかなのでしょうか。阿武咲関は農業高校に進学していますし。

東京に出稼ぎに行っている間は祖父母が阿武咲関を育ててくれたそうです。

父は厳しい人らしく、阿武咲関がアマチュア時代、1週間で5kg増量することを命じたり、腕立て伏せと縄跳びを1日に1000回やらせたそうです。

子供に強くなってほしかったのでしょう。阿武咲関は父と競いながら稽古をしていたそうですよ。

母についての情報はありませんでした。幼い頃に両親が離婚して父は再婚しているので、産みの母と継母と2人いるはずです。

継母はまだ小さな子供が3人もいるので子育てに忙しいのでしょう。

今後阿武咲関が活躍して優勝でもしたら、両親揃ってテレビに映ることが期待できますね。

彼女はいる?

阿武咲関に彼女の情報はありませんでした。もちろん結婚もまだです。

でも若者らしく女性は好きなようで、仲の良い大栄翔関とスナックで、若い女性と密着した写真を週刊誌に掲載されたこともありました。

お相撲さんはモテると言われるので、阿武咲関にも彼女がいて不思議ではありません。

こっそりと交際している女性がいる可能性もありますよね。でも現時点では不明です。

四股名の由来

「阿武咲」という四股名は初めて見たら読めないですよね。私もなんと呼ぶのかと思っていました。

この四股名は阿武松部屋の「阿武」と、地元の恩師の「土俵上で花が咲くように」との願いを込めて「咲」を合わせて付けられました。

阿武松部屋所属力士の四股名には主に「阿武」「松」「荒」「緑」が付けられることが多いそうです。

そもそも「阿武松」をどうして「おうのまつ」と呼ぶのでしょう。姓としての阿武は「あぶ」「あたけ」「あんの」「あべ」と呼びます。

調べると「阿武松」は山口県萩市の景勝地「阿武の松原」(おうのまつばら)に由来するということがわかりました。

ちなみに「咲」は「笑」の古字なので、音読みは「しょう」となります。

「阿武咲」は難読四股名の一つですね。

歌唱力はプロ並み

阿武咲関は音楽が大好きでカラオケ店によく通っているそうです。

NHK福祉大相撲の「お楽しみ歌くらべ」のコーナーなどに出演し、歌声を披露しています。

特にケミストリーが好きなようですね。ケミストリーではありませんが、こちらに歌っている動画がありました。

かつて人気力士がレコードを出していた時代もありますが、今はありませんね。

元横綱の北の富士さんもレコードを出してなんと50万枚も売れています。

阿武咲関も今ならCDを発売すれば、ファンがこぞって買うでしょうね。

貴景勝とはライバルで親友

阿武咲関は貴景勝関と同い年で、小学生の時からライバルでした。

最初は貴景勝関のことが嫌いで、貴景勝関が先に幕内に上がった時は悔しかったそうです。

しかし2014年11月場所前に出稽古に行った時に、初めて喋ったのがきっかけで仲が良くなったそうです。阿武咲関が言うには性格が似ているらしく、巡業でもずっと一緒にいるほどだそうですよ。

大栄翔関とも仲が良く、巡業ではよく3人一緒に行動を共にしているようです。

プロフィール

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本名:打越奎也(うてつふみや)

生年月日:1996年7月4日

出身:青森県北津軽郡中泊町

身長:176cm

体重:163kg

所属部屋:阿武松部屋

得意技:突き・押し

血液型:O型

本名の「打越奎也」も読みが難しいですね。

この姓は他にも「うちこし」「うちごえ」などとも呼ぶようですが、「うてつ」とは一番読みにくいです。

青森県生まれなのでスキーやスノーボードが得意で、運動神経がよかったようです。

相撲は5歳の時に祖父のすすめで始め、地元の中里道場で稽古しました。この道場には同じ町出身で10学年上の宝富士関も通っていたそうです。

5歳の阿武咲関は監督が小学生と勘違いするほどの体格だったようです。今でこそ幕内の平均身長より低いですが、子供の時は大きかったんですね。

入門前

中里小学校6年生の時、全日本小学生相撲優勝大会で優勝。

中泊町立中里中学校2年・3年の時、全国都道府県中学生相撲選手権大会無差別級で大会史上初の2連覇を達成。

三本木農業高校1年生の時、全国高校相撲宇佐大会と国体相撲少年の部で優勝。団体戦でも選抜高校相撲十和田大会優勝に貢献。

入門後

高校を1年の途中で中退し、阿武松部屋に入門。

いくつかの部屋からスカウトが来ましたが、「自分を成長させてくれる、厳しく指導してくれる部屋がいい」と猛稽古で知られる阿武松部屋に決めたそうです。自分に厳しい人なんですね。

2013年1月場所で初土俵を踏むと、2015年1月場所で新十両に昇進します。18歳5ヶ月20日は昭和以降で10番目に若いスピード出世でした。

2017年5月で新入幕を果たすと10勝を挙げ、初めての敢闘賞を受賞。

新入幕から3場所連続2桁白星を挙げると、11月場所では新小結に昇進しました。

幕内に入ってきたと思ったら一気に番付を駆け上がったので私はびっくりしたものです。

その後のケガで2018年5月場所は十両に陥落しますが、1場所で幕内に復帰。

2020年3月場所では横綱白鵬関を破って初金星を挙げ、殊勲賞を初めて獲得しました。

この時八角理事長に「白鵬に勝つにはこういう相撲というお手本のような内容」と評価されました。

実は阿武咲関は中学2年の時に、白鵬関が主催する少年相撲大会「白鵬杯」の第1回大会に出場し、中学生団体で優勝を果たしています。

その時白鵬関にメダルをかけてもらっていました。阿武咲関は恩返しとも言える金星に感慨深かったようです。

まとめ

阿武咲関は元ヤンキーではなく、見た目からそう思われていたようです。

年の離れた弟が3人いてかわいがっているようですね。

彼女がいるのかはわかりませんでした。まだ若いので結婚はもう少し先かもしれませんね。

今後もライバルの貴景勝関との戦いが楽しみです。