九重親方(千代大海)の嫁と子供は?ヤンキー時代から現在まとめ

九重部屋の師匠となった千代大海は現役時代、得意の突き・押しで大関にまでなりましたね。

千代大海が結婚したお嫁さんは今、おかみさんとして奮闘しているようですが、どのような人なのでしょう。

そして子供はいるのでしょうか。

千代大海がヤンキーだった中学時代の伝説から現在までをまとめました。

九重親方(千代大海)の嫁

千代大海は現役を引退後の2012年6月1日、会社員の恵理子さんと結婚しました。

この時千代大海は36歳、恵理子さんは35歳でした。二人は友人の紹介で知り合ったそうです。

実はこの日は千代大海の師匠の千代の富士の誕生日だったのです。師匠を敬愛していたからこそ、この日を選んだのでしょう。

千代大海が結婚を決めたのは「野性の勘」だったそうです(笑)。結婚するならこの女性だとビビッときたのでしょうか。

そして入籍の1年後に都内で披露宴を行いました。招待客は約650人もいたそうです。さすが元大関だけあって、関係者が多かったんですね。

7億円のティアラだなんて、現役中にどれだけ稼いでいたのでしょう。すごいですね。それとも借り物なのかな?

また恵理子さんは料理上手で、2016年には『大相撲の親方夫人が作る愛情弁当』という料理本も出版しています。

恵理子さんは「アスリートフードマイスター」の資格を持っていて、千代大海の体重管理と体調管理に役立てているそうです。

東京場所の時は15日間、愛妻弁当を作っているそうですよ。千代大海も楽しみにしているのではないでしょうか。

大関時代に川村ひかると交際

千代大海は大関時代の2003年に、グラビアアイドルの川村ひかるさんとの熱愛を報道されました。

千代大海はひかるさんの大ファンで、友人を通して知り合ったのです。

千代大海はひかるさんにプロポーズもしていたようですが、2005年にテレビ番組でひかるさんは千代大海と別れたことを明かしました。

破局の理由は価値観の違いだったようです。

私は二人の熱愛を知った時、意外な組み合わせに「どうして?」と疑問に思ったのですが、結局二人は合わなかったみたいですね。

川村ひかるさんは2016年4月に一般男性と結婚しました。

子供は?

千代大海とお嫁さんとの間に子供はいないようです。

千代大海がやんちゃだった若い頃は母親に「クソばばあ!」などと言っていたのが、入門した後は「長生きしてオレの孫の顔を見るまで死ぬなよ」と言っていたそうなので、子供を作る気はあったのでしょう。

奥さんの年齢を考えると、今後も夫婦二人だけの可能性が高そうです。だからこそいつまでも仲良くできるのかもしれませんね。

でも千代大海は恐妻家の一面もあるようで、奥さんから携帯に電話がかかってきた時には、他人行儀に「すいません」などと言っているそうです(笑)。想像するとかわいくなりますね。

ヤンキーだった中学時代の伝説

千代大海が中学時代ヤンキーだったのは有名で、数々の伝説が残っています。

10人以上の高校生相手に、千代大海が1人で喧嘩して勝ったという話もあれば、やくざ数人と喧嘩して気に入られ、やくざにスカウトされたという話もあります。

まだ中学生の時にですよ。

千代大海は中学で柔道全国3位になり、けんかの助っ人もよく頼まれたくらい腕っぷしが強かったようです。

また九州でも1、2を争う勢力の暴走族を率いたりもしていました。

さらに中学卒業後にとび職についていた時には、一人暮らしのアパートで仲間数人とシンナーを吸っていたこともありました。

これは母親に見つかって、家に連れて帰られたそうですが。

その後、九重部屋に入門しようと千代の富士に会いに行った時には、剃りを入れた金髪姿だったのです。

これには千代の富士も「頭を何とかしてこい」と一喝しています。もう筋金入りの不良少年だったんですね。

しかし小学4年生から柔道を習って中学校でも柔道部に入っていたため、礼儀は身についており、先生の言うことには素直で弱い者いじめもしなかったそうです。

不良でもそこは意外にちゃんとしていたんですね。

そして中学の卒業式では涙を流すような一面も持ち合わせていました。

千代大海によれば、卒業式で周囲の本当の優しさや、みんながひとつになる空気感みたいなものに触れて感極まったみたいです。

母の芝居で大相撲入り

千代大海は運動神経がよく、中学生の時に市内の相撲大会に出場して優勝しており、大相撲からもいくつか誘いがありました。

しかし相撲は格好悪いという理由で誘いは断り、中学卒業後は幅広ズボンと派手なシャツの格好にあこがれてとびになったのです。

そこでは思うような仕事ができなかったため、さぼるようになり、見かねた母親の美恵さんが芝居を打つことにしました。

「そんなふらふら職にもつかず、なんのためにおまえを育てたのか。かあさん、もう死ぬけん」と、息子に言ったのです。

するとそれから10日ほどして「千代の富士に電話をしてくれ」と母親に言って、会いに行くことになりました。

母に死をほのめかされ、ようやく目が覚めたのでしょう。千代大海は親孝行をするために大相撲に入ることを決めたのです。

そして引退後の断髪式には、母にはさみを入れてもらっています。

土俵上は女人禁制なので、千代大海は断髪式の途中で土俵を降り、土俵下ではさみを入れてもらったんです。

入門のきっかけをつくってくれた母に、千代大海は何が何でもはさみを入れてほしかったそうですよ。最後にも親孝行をしたんですね。

千代大海の父親は5歳の時に亡くなっているので、上の写真に写っている父は母の再婚相手なのでしょう。

プロフィール

四股名:千代大海龍二

本名:須藤龍二 旧姓は廣嶋(ひろしま)

生年月日:1976年4月29日

出身:大分県大分市

所属部屋:九重部屋

入門から現在

千代大海は3人兄弟の末っ子として生まれました。

子供の時から巨漢で、ついたあだ名が「ブッチャー」。元プロレスラーだった人の名前ですね。

千代大海は九重部屋に入門し、1992年11月場所で初土俵を踏みます。

1995年7月場所で新十両に昇進。

1997年9月場所で新入幕。

1998年5月場所で新小結に昇進。翌7月場所で新関脇に昇進。

1999年1月場所で幕内初優勝を果たします。

1999年3月場所で大関に昇進。

その後幕内優勝を2回しますが、ケガや糖尿病でカド番が多くなり、2009年11月場所では史上最多を更新する14度目の角番となります。

その場所で負け越し、2010年1月場所で関脇に陥落。1月場所4日目に現役引退を表明しました。

体力が追い付かず、自分の持ち味の相撲を取れなくなったのが引退理由でした。

千代大海は引退後、年寄「佐ノ山」を襲名。

2016年7月に師匠の13代九重(千代の富士)が死去したことにより、14代九重を襲名し、九重部屋を継承しました。

現在は相撲協会の役員待遇委員として、巡業部副部長と警備本部副部長を務めています。

千代大海は現役時代、武双山との激しい突っ張り合いがよくありましたが、仲が悪かったわけではないようです。詳しくはこちらの記事をご覧ください。

>>武双山(藤島親方)は今も独身?スキンヘッドの理由や伝説、現在まとめ

九重親方(千代大海)の嫁と子供まとめ

中学時代ヤンキーだった元千代大海の九重親方のお嫁さんや、子供についてまとめました。

千代大海は若い頃は相当悪かったみたいですが、母のために大相撲に入って大関にまで上り詰めたんですね。

千代大海は弟子思いで、部屋での評判もいいそうです。

私の地元からも九重部屋に入門している力士がいるので、そういうのを聞くと安心しますし、千代大海にしっかり指導して強くしてもらいたいと願っています。