一山本の四股名の由来と学歴まとめ!

一山本関は「一」が余計にも見える四股名です。

最初それを聞いた私は変わった四股名だなと。

気になる人も多いと思いますが、四股名の由来は何なのでしょう。

出身高校や大学などの学歴と、公務員から大相撲入りした異例の経緯をまとめました。

四股名の由来

一山本関の本名は山本大生(やまもとだいき)さんです。

一山本関を大相撲に勧誘した元力士が、9画が縁起がいいという理由で、8画の山本に一を付けて一山本と命名しました。

候補には「乙山本」もあったそうですが、そうなっていたら呼びにくそうでしたね。見た目からも一山本でよかったんじゃないかと思います。

でもどうして9画が縁起がいいのか、その理由はわかりませんでした。

命名した元力士は亡くなられたそうで、一山本関は四股名を変えないで頑張っていくらしいです。

変えたとしても、間違っても「山本山」にはならないでしょうね。と思って気になって調べたら、過去にいたんですね。山本山という力士が!

本名が山本龍一さんで、2009年に入幕、最高位が西前頭9枚目、2011年で引退されていました。

そのころ私は大相撲を見てなかったので、山本山の存在を知らなかったのです。

そして山本山と聞くとどうしても海苔が思い浮かびますヾ(*´∀`*)ノ

ところで一山本関以外に関取では9画の人は見当たりません。だから9画は縁起がいいのかどうか、これからの活躍に注目です。

学歴

一山本関は次のような学歴の持ち主です。

北海道岩内町立岩内東小学校卒

岩内町立岩内第一中学校卒

北海道大野農業高校卒

中央大学商学部商業・貿易学科卒

中央大学へは大野農業高校が夏に同大学と合同合宿を行っていた関係で、同大学から勧誘を受けて入学しました。

公務員から大相撲入りの訳

一山本関は小学校2年生の時から相撲を始めました。

高校総体では32強、大学4年の時には全国学生相撲選手権大会で個人16強になりました。

しかし大きな実績がなかったため、大相撲入りは考えず大学卒業後は北海道福島町役場に就職しました。

一山本関は役場で教育委員会の仕事をしながら、地域の子供たちに相撲を教えていたのです。

そんな時転機となったのが2016年10月のいわて国体でした。

一山本関はベスト16で敗退し、それまで感じたことのない悔しさがプロ入りを決意させたのです。

もしこの時一山本関が勝ち進んでいたら、大相撲への入門はなかったのかもしれませんね。

プロ入りを決意した時、一山本関は23歳でした。

新弟子検査は23歳未満でなければ受けられなかったのですが、運よく国体の前月の9月に新弟子検査の年齢制限緩和が決まっていました。

相撲など各競技で実績があれば、25歳未満まで受検できることになったのです。

一山本関はこれをチャンスだと思い、役場の仕事をやめて角界入りしました。

公務員の仕事を経てからの大相撲入りはなんとも珍しいですよね。

安定した公務員をやめることに母親は猛反対しましたが、兄が説得してくれたそうです。

入門したとしても関取になれるかわからない厳しい世界なので、母親も反対したくなるでしょう。

一山本関はどうしてももう一度相撲で頑張りたかったんですね。

プロフィール

四股名:一山本大生(だいき)

本名:山本大生

生年月日:1993年10月1日

出身:北海道岩内郡岩内町

身長:188cm

体重:150kg

所属部屋:二所ノ関部屋→ 放駒部屋

得意技:突き・押し

血液型:B型

趣味:睡眠

一山本の四股名の由来と学歴まとめ

一山本関の四股名は9画が縁起がいいという理由で、本名の山本に一を加えて付けられました。

一山本関は大卒後、いったん公務員になったものの、国体で負けたことが原動力になって脱サラし、大相撲の世界に飛び込みました。

親の反対を押し切って入門しているんだから、相当な覚悟を持っていたのでしょうね。

一山本関はこれからどれだけ番付を上げるのか楽しみです。

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