旭天鵬(大島親方)の嫁は美人?子供や人柄、現在まとめ

旭天鵬はモンゴル初の力士となり、37歳で史上最年長初優勝も果たしました。

40歳まで幕内力士として活躍しましたが、引退後の現在は大島部屋の師匠となっています。

そんな旭天鵬のお嫁さんはどんな人なのでしょう。

子供や人柄についてもまとめました。

旭天鵬(大島親方)の嫁

2006年5月、旭天鵬は31歳の時に、福島県いわき市出身で1歳年上の斉藤恵子さんとの婚約を発表しました。

二人は4年間交際していたのです。

来日したばかりの時はまったく日本語を話せなかった旭天鵬ですが、恵子さんと知り合った当初は大阪弁でしゃべっていたそうです。

そのため交際するまで、旭天鵬がモンゴル出身とは恵子さんはわからなかったそうなんです。

それほど旭天鵬の日本語(大阪弁?)が流暢だったということでしょう。

二人はどこで出会ったのかはわかりませんでしたが、旭天鵬は地方に行くとわざとその土地の方言を使うそうです。

みんなが喜んでくれるし、もっと仲良くなれるからだそうで、恵子さんとは大阪で出会ったのでしょうか。

二人は2007年2月に東京都内のホテルで披露宴を行いました。

そして引退後の2015年8月にモンゴルに里帰りした時に、恵子さん、子供たちと結婚式を挙げました。

モンゴルで結婚式を挙げたのは、日本で結婚式を挙げていなかったからです。

旭天鵬のモンゴルの両親を献身的に支えた恵子さんへの感謝の気持ちが込められていたそうです。素敵ですね。

きっと良い夫なのでしょう。

ちなみに旭天鵬のいとこは照ノ富士関のお嫁さんです。

旭天鵬が現役の頃、所属部屋にいとこがホームステイをしていて、照ノ富士関と知り合ったのです。

詳しくはこちらの記事をご覧ください。

子供

旭天鵬とお嫁さんとの間には3人の子供がいます。

長女が2008年頃の生まれで柚希ちゃん、長男が2012年頃の生まれで君、次女が2014年頃の生まれでちゃんです。

5人揃った写真がこちら。

幸せそうな家族ですね。

長女の柚希ちゃんは2021年に中学を受験して、無事に合格しました。

人柄

旭天鵬は陽気な性格で、人を喜ばせるのが好きだそうです。いつも笑顔の印象があるので、それはなんとなくわかります。

元横綱朝青龍によれば

「僕と違って性格がまるい人。みんなに愛される人。草原で育った少年のような気持ちを持った人」

だそう。

旭天鵬は大人になっても純粋な少年の心を持っているようですね。

プロフィール

四股名:旭天鵬勝

本名:太田勝

愛称:テンホー、角界のレジェンド、ひとみさん

生年月日:1974年9月13日

出身:モンゴル・ウランバートル市

本名の「太田」は師匠の2代大島の姓で、帰化の際に師匠に敬意を払って名付けました。

「ひとみさん」という愛称は曽我ひとみさんと似ているということで付いたようです。

現在までの経歴

旭天鵬は1992年2月に来日し、大島部屋に入門し、1992年3月場所で初土俵を踏みました。

1996年3月場所で十両に昇進。

1998年1月場所で新入幕。

2003年7月場所で関脇に昇進。

2005年6月に日本国籍を取得し、モンゴル出身力士で初めて日本へ帰化しました。

2012年4月、大島部屋の閉鎖により、他の所属力士と共に友綱部屋へ移籍。

2012年5月場所で幕内最高優勝を果たしました。これは37歳8か月での幕内初優勝で、史上最年長記録でした。

2015年7月場所で負け越し、翌9月場所での十両陥落が決定的となり、引退を決意しました。

十両へ陥落した場合は十両では相撲を取らずに引退する、と旭天鵬は公言していたのです。

引退後は年寄・4代大島を襲名して、友綱部屋の部屋付き親方になりました。

2017年5月、定年の10代友綱と年寄名跡を交換し、11代友綱を襲名。友綱部屋を継承しました。

これによりモンゴル出身力士初の師匠となったのです。

2022年2月、5代大島(10代友綱)と年寄名跡を再交換し、6代大島となりました。

それに伴って友綱部屋の名称が大島部屋に変更となり、10年ぶりに大島部屋が復活したのです。

現在は大島部屋の師匠として弟子を指導し、相撲協会の委員として審判部・指導普及部の仕事をしています。

旭天鵬(大島親方)の嫁、子供、人柄、現在まとめ

現在大島親方の旭天鵬は「角界のレジェンド」と言われるほど活躍していました。

現役中に1歳上の日本人女性と結婚し、3人の子供をもうけました。

そして日本国籍を取得し、日本人になった旭天鵬ですが、今後はどのような力士を育てるのか楽しみですね。

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