浅香山親方(魁皇)の嫁と子供!横綱になれなかった理由や現在は?

元大関魁皇は人気力士でした。

引退後は浅香山親方となって弟子を指導していますが、結婚したお嫁さんはどんな人なのでしょう。

子供はいるのでしょうか。

また魁皇は史上最強の大関と言われましたが、横綱になれなかった理由は何なのでしょう。

魁皇の現在も併せて調べました。

浅香山親方(魁皇)の嫁

魁皇は1999年6月、元女子プロレスラーの西脇充子さんと結婚しました。充子さんのほうが5歳上です。

充子さんは北斗晶さんと同期で、一緒にプロレスを戦った相手でもあり、親友でもあります。

充子さんは1980年代に活躍しましたが、22歳でプロレスを引退し、タレントに転身していました。

ところが27歳の時に卵巣がんが見つかり、手術を受けることに。

闘病中に知人が開いてくれた食事会に現れたのが魁皇だったのです。

本当は他の力士が来る予定だったのが来られなくなり、空いていた魁皇が呼ばれたのが運命だったようです。

充子さんは魁皇のことは知らなかったのですが、二人は意気投合して付き合い始め、約2年後に結婚。

魁皇は

「これからは俺のために、俺を中心とした生活を送ってくれないか。その代わりにお前のすべてに責任を取るから」

と言ってプロポーズしたそうです。

前半だけ聞くと、自己中心的にも聞こえますが、後半部分で男らしさを感じますね。

結婚後に魁皇は大関に昇進しましたが、その後は何度もケガで苦しみます。

ケガを充子さんのせいにする人もいたため、充子さんは一生懸命魁皇に尽くしました。

自分と結婚したために、魁皇はケガばかりすると陰口を叩かれるのは辛かったでしょうね。

魁皇は引退後、浅香山部屋を開き、充子さんは今度はおかみさんという立場になりました。

おかみさんは弟子のお世話をしたり、悩み事を聞いてあげたりと大変です。

充子さんは最初は不安もあったようですが、うまく弟子と付き合うことができているようで、弟子たちが言うには優しいおかみさんだそうです。頼りにされているのでしょうね。

2018年には早期乳がんが見つかりましたが、手術は成功し、今に至っています。

子供はいる?

充子さんは結婚前に卵巣がんになったため、子供を作ることができなかったようです。

卵巣がんでも場合によっては妊娠できる可能性があるそうですが、魁皇との間に子供は生まれていません。

充子さんに子供ができないということで、魁皇は結婚に反対されたこともあったようですが、魁皇は充子さんを伴侶に選んだのです。

それだけ充子さんを愛していたということなのでしょう。そんな人を旦那さんにできた充子さんも幸せだと思いますね。

横綱になれなかった理由

魁皇は現役時代、幕内優勝を5回して、最強の大関と言われました。それなのになぜ横綱になれなかったのでしょう。

優勝1回目は小結の時で、残り4回は大関昇進後です。

4回の優勝後の成績を見てみると、途中休場で負け越しが2回、皆勤で負け越しが1回、12勝の優勝次点が1回です。

ケガや精神的なもろさから、綱とり失敗を繰り返しました。

優勝次点を挙げた時には横綱昇進の可能性がありましたが、昇進は見送られました。

格下の相手に負けたことや、当時昇進の基準が厳しかったことが理由のようです。

優勝次点の次の場所もケガで途中休場して、5度目の綱とりに失敗。

結局横綱にはなれませんでしたが、10年以上関脇に一度も陥落することなく大関の地位を守り、最高齢大関在位記録を更新しました。

それだけでもすごいなあと思いますね。

引退の時には白鵬から「一番横綱に近い大関だった」と言われました。

人気力士だっただけに、横綱昇進を待ち望んだファンも多かったでしょうね。

プロフィール

本名:古賀博之(こがひろゆき)

愛称:キンタ、ゴリライモ

生年月日:1972年7月24日

出身:福岡県直方市

血液型:A型

引退から現在まで

魁皇は1988年3月場所で初土俵を踏み、2011年7月場所で引退しました。

引退の翌月に地元から福岡県民栄誉賞特別市民文化栄誉賞を贈られています。

引退後は友綱部屋付き親方として弟子を指導していましたが、2014年に友綱部屋から独立して浅香山部屋を設立。部屋の師匠となりました。

その年、地元の直方駅前には銅像が設置されました。

写真で見る以上に大きいようですね。

現在魁皇は相撲協会の委員の役職について、審判部・指導普及部を務めています。

浅香山親方の嫁と子供まとめ

浅香山親方となった元大関魁皇は元プロレスラーの西脇充子さんと結婚しました。

後におかみさんとなった充子さんは、結婚前に卵巣がんになったため、魁皇との間に子供はできなかったようです。

しかし部屋の子供である弟子を優しくお世話しているようですね。

魁皇はケガが多く、何度も綱とりに失敗しました。

大関以下で5回優勝しているのは魁皇だけなのが、最強大関と言われるゆえんなのでしょう。