伊勢ノ海親方とおかみはどんな人?息子はお笑い芸人!

伊勢ノ海部屋には錦木関や引退した勢(春日山親方)が所属しています。

師匠の伊勢ノ海親方とおかみさんはどんな人なのでしょうか。

息子についてもご紹介します。

伊勢ノ海親方

現在伊勢ノ海部屋の師匠となっているのが、久我準人(くがはやと)さんで、現役時の四股名は北勝鬨でした。

北勝鬨は1966年1月1日、北海道帯広市に生まれました。

帯広市立大空中学校から帯広柏葉高校(定時制)に進学しましたが、1ヶ月で中退し伊勢ノ海部屋に入門しました。

ちなみに帯広柏葉高校には全日制と定時制があって、全日制のほうでは中島みゆきさんや安住紳一郎アナが卒業しています。

北勝鬨がほんの1ヶ月で高校を中退したのは、受験の失敗が理由のようです。志望校に入れなかったことが耐えきれなかったのでしょうか。

北勝鬨は1981年5月場所で初土俵を踏み、1987年1月場所で十両に昇進。

1989年1月場所で新入幕に昇進しました。

将来の大器と期待されていましたが、1998年7月場所からは十両が続き、2000年9月場所で幕下陥落となって引退しました。

最高位は西前頭3枚目でした。

北勝鬨は引退後、年寄・勝ノ浦を襲名し、伊勢ノ海部屋付きの親方として後進の指導に当たりました。

2011年9月場所千秋楽で、師匠の11代伊勢ノ海(藤ノ川)が65歳で定年を迎えることを受けて、12代伊勢ノ海へ年寄名跡を変更し、同部屋を継承しました。

現在伊勢ノ海親方として、2022年3月に日本相撲協会の理事に就任し、大阪場所担当部長を務めています。

現役時代の北勝鬨はイケメン力士と言われていたようですが、私は記憶にありません。

北勝鬨と同時代に活躍していた力士に舞の海さんがいますが、舞の海さんが最初に八艘飛びを試みたのが、1992年初場所の北勝鬨戦でした。

その動画がこちら。

左にしか飛べなかった舞の海さんは、ガチガチの右四つだった北勝鬨に八艘飛びをやりやすかったようです。

舞の海さんは小兵で「技のデパート」なんて言われていたので、私はよく覚えているんですよね。

現在の伊勢ノ海親方を見ると、確かにイケメン力士と言われていたことがわかる気がします。今でもイケメンぶりは変わっていないようですね。

おかみさん

伊勢ノ海親方と結婚して伊勢ノ海部屋のおかみさんとなった女性が佳代さんです。

佳代さんは東京都出身で、親方の3つほど下です。

佳代さんは長寿庵というお蕎麦屋の娘さんで、丸の内のOLをしていました。

高校の同級生に元横綱の柏戸の娘さんがいて、偶然に親方と出会いがあって結婚したようです。

佳代さんは相撲の世界はほとんど知らなかったようなので、おかみさんになった時は大変だっただろうなと思います。

子供

伊勢ノ海親方とおかみさんの間に双子の男の子が生まれました。

弟は「しーしーしょうま」という名前でお笑い芸人をしています。

しょうまさんは実業家のひろゆきさんのものまねをよくしているようですね。

私はひろゆきさんのことは名前くらいしか知らないので、似ているのかどうかわかりません┐(´ー`)┌

しょうまさんの本名は久我勝真(しょうま)で、1994年1月22日生まれです。

元はシュークリーム屋さんになりたかったそうですが、成蹊大学を卒業した後、大手の会社に就職しました。

その後、友達にお笑いの道に誘われて、会社をやめ、24歳の時にワタナベコメディスクールに通い始めました。

そして2019年10月からワタナベエンターテインメントに所属しています。

2018年10月から2021年6月までは「シーシーダンシー」というコンビで活動していましたが、現在は一人になっています。

このように相撲観戦に行くこともあるようです。

双子の兄のほうは何をしているのかわかりませんでした。名前に「優」が付くようです。弟が勝真なら、兄は優真でしょうか。

つまり兄弟で「優勝」の文字が入っていることになります。勝負師の力士の息子っぽい名前ですね。でも兄も相撲の世界には入らなかったみたいです。

一卵性の双子なので、見た目はよく似ているのでしょう。

伊勢ノ海親方とおかみ、息子まとめ

伊勢ノ海親方は北勝鬨という四股名で相撲を取っていました。

引退後は勝ノ浦を襲名し、師匠の定年に伴って12代伊勢ノ海を襲名し、伊勢ノ海部屋を継承しました。

伊勢ノ海親方と結婚しておかみさんとなったのが佳代さんで、元OLでした。

二人の間には双子の男の子が生まれ、弟はお笑い芸人になって活動しています。

兄は会社勤めでもしているのでしょうか。不明でした。

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