遠藤関

大相撲力士の遠藤関はイケメンとして女性に人気がありますよね。そんなイケメンを生んだ実家の両親や、兄弟はどんな人なのでしょうか。

また遠藤関の性格も気になります。性格もいいのでしょうか。

そこでここでは遠藤関の家族と性格、相撲の経歴などについてご紹介します。

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遠藤まとめ

遠藤のプロフィール

本名:遠藤 聖大(しょうた)

生年月日:1990年10月19日

出身地:石川県鳳珠郡穴水町

身長:184.0cm

体重:154.0kg

血液型:AB型

得意技:突っ張り・左四つ・寄り

所属部屋:追手風部屋

愛称:人気の遠藤

好物:焼肉、チョコレート、サバ、アジ、お茶漬け

 

お茶漬けが好物になっているのは、永谷園に気を使っているのでしょうか。 ( ̄ー ̄)

遠藤関は意外にも(?)明石家さんまさんが好きで、部屋にはさんまさんから贈られた色紙が飾ってあるそうですよ。

色紙には「生きることに必死」と書かれていて、遠藤関の支えになっているそうです。

遠藤関はさんまさんの番組に出演したことがあるので、その時色紙を贈られたのかもしれません。

日本のお笑い王は現在の人気力士を救ってくれているんですね。

遠藤の実家の両親と兄弟

遠藤関の実家は石川県の穴水湾に面した穴水町中居地区という場所にあります。

どんなところか見てみたい人は、こちらの動画をご覧ください。

祖父の勇さんは穴水町で先代から続く「遠藤清一商店」を営み、日本で2店ほどしかない海ごりの佃煮を手作りされています。

海ごりはハゼの仲間で、佃煮は能登限定の珍味だそう。

遠藤関はカキ養殖をしていた祖父の手伝いをよくしていたそうです。

カキがたくさん手に入る環境にあったからでしょう。遠藤関はカキが大好きで、子どもの頃からたくさん食べていたそうです。

遠藤関の父は吉樹さんで、建設機械大手・日立建機の協力会社に勤務されています。

母は玲子さんで、事務の仕事をされているそうです。

そして3歳下の亜美さんという妹がいます。

以前放送された「情熱大陸」で若い頃の両親と妹さんの写真が映っていましたが、父上はなかなかのイケメン、母上もきれいな人でした。

イケメンの遠藤関が生まれるわけですね。

遠藤の性格

遠藤関は自称「完璧主義者」。そしてきれい好きな性格のようです。

「情熱大陸」では遠藤関の個室を見た人が「部屋めちゃめちゃきれいですね」と言っていました。男でお相撲さんときたら、部屋も汚そうな印象があったのでしょうね。

また遠藤関は壁に飾った額の後ろを見て「ここにホコリがたまるんだろうな」と気にしていたので、そういう細かい所にも目が行くんですね。

そして24時間相撲のことを考えているという真面目さもあります。

中学の時の相撲部の顧問によると、遠藤関は明るくてユニークで華があったそうです。

今の遠藤関を見ていると、明るいというよりむしろ暗いと思うのは私だけではないでしょう。

金星を獲得した時などのインタビューを見ていても、小さい声でボソボソと必要最小限だけ答えるという感じです。

いつ見ても淡々として素っ気ない感じですよね。でもそれには理由があったのです。

ケガをした時に記事でまったく違ったことを書かれていたことがあり、それ以来記者には笑顔を見せることが少なくなり、塩対応をするようになったようですよ。

週刊誌などにはあることないことが書かれたりするので、遠藤関は間違いの記事に怒りを感じたのでしょう。

それで余計なことは言わないと決めたのかもしれませんね。

相撲の経歴

学生時代

遠藤関は子どもの頃は泣き虫だったため、両親は強くなってほしいと思い、小学校に入学してから相撲教室に通わせました。

相撲を始めたのは自分の意志ではなかったのです。

最初はいやいや通っていたのですが、小学6年生の時に巡業で出会った当時大関の朝青龍関の相撲に魅了され、相撲が面白くなったそうです。

地元の中学では相撲ができないという事情から、下宿しながら金沢市立西南部中学校に通い始めます。

穴水町からその中学校までは約100キロくらい離れているので、12歳で1人親元を離れることは覚悟が必要だったでしょうね。まだまだ子どもですから寂しさもあったと思います。

遠藤関は中学2年の時に行われた中部日本選抜中学生相撲大会で個人優勝、団体戦でも優勝しました。

そして金沢学院東高校に進み、3年の時に高校相撲金沢大会と選抜高校相撲十和田大会で優勝しました。

その後日本大学経済学部経済学科に進学し、1年生で団体戦レギュラーとなり、4年生で団体戦の主将となります。

個人戦では全日本相撲選手権大会で優勝、国体相撲成年個人の部で優勝します。これによって史上2人目となる幕下10枚目格付出の資格も取得したのです。

新入幕まで

遠藤関は社会科の先生になることを考えて教員免許も取っていたのですが、監督やコーチに入門を勧められ、大相撲への就職を決めました。

入門後は2場所で幕下を通過し、十両は史上4人目となる1場所で通過。幕下付出から史上最速の所要3場所での新入幕でした。

このように十両、幕内への昇進が早かったため、十両以上の関取に許される大銀杏が結えず、遠藤関はしばらくザンバラ髪で相撲を取ることになりました。

ちなみに遠藤関は大学4年の相撲選手権大会で、他の部員と一緒にパーマをかけてきて、監督に坊主にさせられたそうです。

そのため髪を結うのに時間がかかったということですよ。

私は幕内でザンバラ髪の遠藤関を初めて見た時、新鮮な感じがしたものです。過去に幕内力士で大銀杏が結えていない人は見たことがなかったんですよね。

館内のお客さんもスピード出世でイケメンの遠藤関に大きな期待をかけていたのでしょう。ザンバラ髪の時から遠藤関への声援が大きかったですから。

そして初土俵から6場所目で初の敢闘賞を受賞。三賞の受賞は歴代2位のスピード記録でした。

四股名は本名のまま

遠藤という四股名は本名ですが、関取になったら四股名を変えるつもりだったそうです。

しかし予想以上に十両への昇進が早かったため、準備不足で本名のままになりました。

現在も遠藤という四股名を変えないのは「大人の事情」があるからだそう。

どんな大人の事情なのでしょう。いつか話してもらえませんか。 (*´∀`)

でも慣れ親しんだ「遠藤」が別の名前に変わったら、ファンも違和感を感じるでしょうから、今のままでいいのかもしれませんね。

▼詳細記事はこちら▼
相撲 遠藤はなぜ四股名が本名のまま?改名はいつ?

まとめ

遠藤関の家族や性格、相撲の経歴についてまとめました。

遠藤関を見ていると、子どもの頃は泣き虫だったのは想像がつきません。でもそれが原因で相撲をやるきっかけになり、人気力士となったのですから人生はわからないものです。

遠藤関は寡黙な印象ですが、元は明るい性格というのも意外です。

どんな時も冷静で淡々としているところが、女性ファンを惹きつけている一因なのでしょう。

おしゃべりなお相撲さんよりもお相撲さんらしくていいのでしょうね。

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