
御嶽海関が所属する出羽海部屋は名門として有名です。
出羽海部屋の師匠である出羽海親方と、出羽海部屋のおかみさんはどんな人なのでしょう。
二人の子供もあわせて調べました。
出羽海親方の経歴
現在の出羽海親方は元幕内の小城ノ花昭和(おぎのはなあきかず)さんです。
2014年2月に11代出羽海を襲名して、出羽海部屋を継承しました。
出羽海部屋は現存する部屋では最多の9人の横綱を育てるなど、相撲界随一の名門とさています。
また九重部屋とともに部屋所属の力士が10場所連続して優勝を果たすという記録も持っているのです。
ここで出羽海親方の簡単なプロフィールをご紹介します。
本名:小岩井昭和(こいわいあきかず)
四股名:小城ノ花昭和
生年月日:1967年11月18日
出身:千葉県市川市
最高番付:前頭2枚目
得意技:左四つ、上手投げ
父は元関脇・小城ノ花正昭さんで、弟は元小結・小城錦さんという相撲一家で育ちました。
出羽海親方は千葉商大付属高校を2ヶ月で中退し、大相撲に入門しました。
1983年7月場所で初土俵。
1987年3月場所で父の四股名を受け継いで、本名から小城ノ花昭和と改名しました。
1998年7月場所で幕下陥落が濃厚となったため、現役を引退し、出羽海部屋の部屋付き親方となりました。
同じ1967年生まれの力士に舞の海秀平さんがいます。舞の海さんは今は大相撲の解説をされていますよね。
出羽海親方は2016年1月に日本相撲協会理事選挙に立候補し初当選。
2019年7月に朝稽古を指導中に倒れましたが、3日間入院した後復帰しました。
倒れた時2度心臓が止まったそうですが、部屋に設置してあったAED(自動体外式除細動器)を使用したおかげで、大事には至らなかったそうです。
出羽海親方は前頭2枚目が最高番付でしたが、相撲協会の理事は普通、小結以上の役力士を経験している人がなることがほとんどで、それより下の番付だった人が理事になることは少ないそう。
出羽海部屋という名門を引き継ぐことができたのも、前出羽海親方(元関脇鷲羽山)から人柄の良さを見込まれたためだそうです。
現役時代の地位が物を言う相撲協会で、親方が出世したのは人柄のおかげなんですね。
出羽海部屋のおかみさん
出羽海部屋のおかみさんの名前は小岩井麻弓さんで、出羽海親方の6つほど年下です。
引用:産経新聞
おかみさんというと綺麗な人が多い印象がありますが、出羽海部屋のおかみさんも例外ではないようです。
御嶽海関は出羽海親方に「部屋の再興に力を貸してほしい」と言われて入門を決めましたが、おかみさんが綺麗だったことも入門の後押しになったそうです(笑)。
御嶽海関が言うには「おかみさんは大事」だと。
おかみさんと相撲とは関係がなさそうですが、いつもそばで世話をしてくれるおかみさんが綺麗だとやる気が出るのでしょうか。
本当に男って言うのは(笑)。
親方もおかみさんも親のような存在でもあるのでしょう。
おかみさんは出羽海親方と結婚する前は何をされていた人なのかは情報がありませんでした。
出会いはどこでとか、どうやって結婚に至ったのかもわかりません。ただ力士は後援者の紹介で知り合い、結婚することが多いそうです。
出羽海親方が部屋を継ぐ時、おかみさんは不安を感じたそうですが、出羽海親方に「大家族を作ろう」と言われて、受け入れることができたそうです。
家族と言っても弟子たちとは血のつながりがないので、よく親方の言うことを納得できたなと私は感心してしまいますが。
おかみさんとなれば、弟子の世話や部屋の管理、雑用が大変です。
おかみさんが最初不安になったのも当然でしょう。
それでも出羽海親方の言葉でおかみさんになる覚悟ができたのですね。
出羽海親方とおかみさんの子供
出羽海親方とおかみさんには娘さんが一人、息子さんが二人います。
子供たちの画像は見当たりませんでした。
自分の子供の世話をしながら、部屋の弟子たちの面倒をみるのは大変だったろうなと思います。
息子さんが入門したという話はないようですね。
出羽海部屋の親方とおかみさん、子供のまとめ
元小城ノ花の出羽海親方は麻弓という名前の女性と結婚しました。
二人の出会いのきっかけなどはわかりませんでした。
出羽海親方とおかみさんの間には子供が三人できました。
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