元大関栃東の玉ノ井親方は現役引退後に結婚しました。
現在玉ノ井部屋のおかみとなっているお嫁さんはどんな人なのでしょう。
また子供は何人いるのでしょうか。
先代の父や兄などもご紹介します。
目次
玉ノ井親方(栃東)の嫁(おかみ)
栃東は2008年11月、東京都出身で元会社員の守田有希さん(31歳)との婚約を発表しました。この時栃東は32歳。
二人は知人の紹介で知り合い、約2年間交際していたのです。
そして2008年12月に入籍し、2009年2月に東京都内のホテルで挙式しました。写真はこちら。
約500人から祝福を受けたそうです。さすが元大関だけあって参列者が多かったんですね。
父の13代玉ノ井親方が2009年9月に定年となって栃東が玉ノ井部屋を継承する時に、おかみさん不在になるのを心配して、両親や関係者がお世話などしたようです。
普通、部屋持ち親方になる時は現役中に結婚して、妻がおかみさんになるための修行をすることが多いため、栃東の妻のように結婚してすぐにおかみさんになるのは珍しいようです。
とは言え、二所ノ関親方(稀勢の里)のように独立して部屋を構えてから結婚した例もありますし、藤島親方(武双山)のように部屋の師匠となっても独身を続けている例もありますね。
師匠には言えないこともおかみさんには相談できることもあるでしょうから、弟子たちにとってはおかみさんの存在は大事かもしれません。
玉ノ井親方(栃東)の子供
栃東とおかみさんの間に2012年頃、第一子の娘さんが生まれました。
娘さんはまだ成人していない年齢ですね。娘さんの画像は見当たりませんでした。
栃東の子供は娘さん一人のようです。
玉ノ井親方(栃東)の父は初代栃東
栃東の父も元力士で、四股名が栃東知頼(ともより)でした。本名は志賀駿男(しがはやお)さんです。
1944年9月3日福島県生まれで、春日野部屋に入門し、1960年11月場所で初土俵を踏みました。
最高位は関脇、引退が1977年1月場所でした。
引退後は年寄・13代玉ノ井を襲名し、春日野部屋から独立して玉ノ井部屋を創設しました。
初代栃東の次男が現在の玉ノ井親方で、1994年11月場所で玉ノ井部屋に入門し、十両に昇進した時に父の四股名だった栃東に改名したのです。
玉ノ井親方(栃東)の兄はお店の経営者
栃東の兄は東京都足立区にある「干物バー栃東」というお店を経営しています。
西新井大師の豆まきを取材した帰りに地元の「ひものバー栃東」に寄り道。ここは元大関栃東の玉ノ井親方がやっているお店です。日本全国から集めた干物がウリのなかなかいい雰囲気のお店です(^^) pic.twitter.com/zRMguYOT
— スモートフォン (@azechiazechi) February 3, 2013
上の文章に「元大関栃東の玉ノ井親方がやっているお店」とありますが、「玉ノ井親方の兄」の間違いですね。
こちらは干物でお酒を飲むというお店で、栃東もよく行くそうです。
みやぞんさんや川中美幸さんも行きつけのお店らしいですよ。
玉ノ井親方(栃東)プロフィール
本名:志賀太祐(しがだいすけ)
生年月日:1976年11月9日
出身:東京都足立区
血液型:A型
引退から現在まで
栃東は1994年11月場所で初土俵を踏み、2002年1月場所で大関に昇進しました。
3度の幕内優勝を果たしましたが、脳梗塞で現役を続けることが難しくなり、2007年3月場所で引退を決意しました。
引退後は年寄・栃東を襲名して、玉ノ井部屋の部屋付き親方として後進の指導に当たりました。
父の13代玉ノ井親方が2009年9月2日に定年となったため、翌9月3日に年寄・14代玉ノ井を襲名し、玉ノ井部屋を継承しました。
現在は師匠として指導しながら、相撲協会の委員の役職について巡業部・指導普及部の職務に当たっています。
玉ノ井親方(栃東)の嫁(おかみ)と子供まとめ
現在玉ノ井親方となっている栃東は、2008年に元会社員の守田有希さんと結婚しました。
そして栃東は引退後に玉ノ井部屋の師匠となったため、お嫁さんが玉ノ井部屋のおかみになりました。
栃東とおかみには娘さんが一人できました。
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