義ノ富士(草野直哉)の実家の父親と母親、兄弟は?家族まとめ!

伊勢ケ浜部屋の草野直哉は義ノ富士と改名しました。

そんな義ノ富士の実家の父親と母親はどんな人で、何人兄弟なのでしょうか。

義ノ富士の実家の家族についてまとめました。

義ノ富士(草野直哉)の実家は焼肉屋

義ノ富士(草野)は熊本県宇土市(うとし)で生まれました。

義ノ富士(草野)の実家は熊本県宇城市不知火町(うきししらぬひまち)で焼肉草野を経営しています。

宇城市は2005年に不知火町など5町が合併して誕生した市で、宇土市と隣接しています。

義ノ富士(草野)の実家の写真がこちら。

焼肉「草野」

引用:エキテン

焼肉草野の食べログを見ると、次のような口コミがありました、

上質なお肉ばかりで、どの部位もとても美味しかったです。
また、馬刺しもありとても美味しかったです。
座敷もあり家族連れにも使い勝手がいい感じの地元で人気の焼肉屋って感じ。
少しいい値段しますが、特別な日にお勧めのお店!

引用:食べログ

焼肉草野は人気みたいですね。私も行ってみたくなります。

焼肉草野の住所:熊本県宇城市不知火町御領88-75

義ノ富士(草野直哉)の父親と母親

義ノ富士(草野直哉)の父親は元競輪選手

義ノ富士(草野)の実家の父親の名前は草野信一さんで、1971年6月13日生まれです。

父の写真がこちら。

草野信一(草野直哉の父)

引用:焼肉草野インスタ

父は熊本県立熊本農業高校と日本競輪学校を卒業し、1993年8月にプロ競輪選手としてデビューしました。

そして通算172勝を挙げました。

その後2009年1月26日に引退し、現在父は焼肉草野を経営しています。

父は毎日、息子の義ノ富士の取組をテレビや配信で観戦しているそうです。

きっとドキドキしながら取組を見守っているのでしょう。

義ノ富士(草野)は日本大学を卒業後に入門しましたが、その時父は「今までは部活。これからは仕事。メリハリをつけてやれ」と義ノ富士に言ったそうです。

義ノ富士(草野直哉)の母親は「辻」姓

義ノ富士(草野)の母親の名前は美鶴さんです。母親の生年月日は不明で、写真もありませんでした。

月刊『相撲』2025年3月号では母親の現姓は「辻」となっています。

姓が「草野」ではないんですね。もしかすると両親は離婚したのでしょうか。

2025年名古屋場所で義ノ富士(草野)は千秋楽まで優勝争いに加わりました。

その千秋楽で解説のアナウンサーが次のように話したのです。

「草野の父親は地元で飲食店を営んでいるのですが、今日はお店を休んで観戦に来ています」

母親のことには触れていなかったので、義ノ富士の父親だけが会場に来ていたのでしょう。

ところで義ノ富士は焼肉草野によく足を運んでいたそうで、父によれば

「タン、ハラミ、ミノ。この3つはいつも食べる。全部2~3人前ずつ、あわせて10人前近く食べる」

しかし義ノ富士によれば

「魚よりも肉が多かったので、魚が食べたくなります。だから好きな食べ物は魚ですね」

と言っています。

それだけ実家の肉をたくさん食べてきたようですね。

義ノ富士(草野直哉)の父の実家はお寿司屋

義ノ富士(草野)の父親の実家は熊本県宇城市にある「双葉寿し」というお寿司屋さんです。

義ノ富士(草野)は父の実家にもよく行っているようで、2025年名古屋場所後に地元に帰った時に、今一番やりたいことを聞かれると

父の実家のすしは、30貫くらい食べたい」

と答えました。

双葉寿しの食べログを見ると

非常に値段の割には味が美味しく気軽にうまい寿司を食べられると言う点でやはりお勧め

引用:食べログ

とありました。

義ノ富士のプロフィールには好きな食べ物は「寿司」となっています。

そして好きなネタはウニとエビだそうです。

義ノ富士は実家では焼肉、父の実家では寿司と両方食べられていいですね。

双葉寿しの住所:熊本県宇城市不知火町柏原520-1

義ノ富士(草野直哉)の兄弟

義ノ富士(草野)には2歳上の兄が一人います。

名前はさんで、職業は会社員をされています。

義ノ富士と兄の写真がこちら。

義ノ富士(草野)は小さい時から熊本競輪場を訪れ、バンクと言われる滑走路を走ったこともあるそうです。

兄も義ノ富士と同じ鶴城中学の相撲部出身です。

兄は中学の後、熊本市開新高校に入学し、自転車競技部に入っていました。

兄はプロを目指していた時期がありましたが、父は賛成できなかったそうです。

プロの世界は厳しく、大ケガの危険も伴うため、父に説得されて兄はプロをあきらめたのかもしれませんね。

義ノ富士(草野直哉)の親戚もプロ競輪選手

義ノ富士(草野)の親族は父を含めて6人がプロの競輪選手になりました。

有名な選手では父のいとこに当たる森内章之(あきゆき)さんです。

森内章之さんの写真がこちら。

森内章之

引用:KYODO NEWS

森内章之さんは1968年5月4日、熊本県に生まれました。

熊本工業高校時代は野球部でセンバツにも出場しましたが、その後競輪選手を目指しました。

そして1989年8月に競輪選手としてデビューし、2013年12月で引退。

通算1821戦195勝という成績を残しました。

森内章之さんは大レースの常連だったそうです。

身内に競輪選手がたくさんいたからか、義ノ富士(草野)は生まれ変わったら競輪選手になりたいそうです。

また次のようにも言っています。

競輪は大好きでよく見ています。競輪選手は、かっこいい。熊本競輪はよく見に行ってました。草野という選手は何人かいて、代々みんな『先行』なんです。

引用:東スポ

競輪で言う先行とは、残り1周半あたりまで1本のラインを組んで走行し、ラインの先頭を走る選手の走行戦法を指すそうです。

義ノ富士(草野)の強みは前に出る意識が徹底しているところと言われます。

そんなところは競輪一族の血を引いているからかもしれません。

顔を見ていても、なんとなく負けん気の強そうな性格が感じられますが。

義ノ富士(草野直哉)は宮城野部屋から伊勢ケ浜部屋へ

義ノ富士(草野)は日本大学を卒業後、保育園からの幼馴染みである川副(かわぞえ)と同じ宮城野部屋に入門する予定でした。

しかし師匠の白鵬と弟子の不祥事で宮城野部屋が閉鎖されたため、他の宮城野部屋所属の力士とともに義ノ富士(草野)は伊勢ケ浜部屋に入ることになったのです。

相撲部屋は大勢の力士と寝食を一緒にするので、大きな家族のようなものと言っていいかもしれません。

親方が父、おかみさんが母と例えられることもありますね。

最初新弟子だった義ノ富士(草野)は雑用で忙しく、相撲が空回りしていたそうです。

関取に昇進してからは雑用から解放され、相撲に集中できるようになったからか、十両で連続優勝して新入幕を決めました。

義ノ富士(草野直哉)のプロフィール

四股名:草野→義ノ富士

本名:草野直哉

生年月日:2001年6月25日

出身:熊本県宇土市

身長:183cm

血液型:B型

義ノ富士(草野直哉)の実家の父親、母親、兄弟の家族まとめ

草野改め義ノ富士の実家の父親の名前は草野信一さんで、元プロ競輪選手でした。

現在父は焼肉草野を経営しています。

そして父の実家はお寿司屋さんで、義ノ富士は自分の実家と父の実家の両方で食事を楽しんでいるようです。

母親の名前は辻美鶴さんで、どんな仕事をされているかはわかりませんでした。

また義ノ富士(草野)には会社員の兄がいます。

このように義ノ富士(草野)の実家の家族は父、母、兄になります。

ただ両親の姓が違うので、離婚した可能性もあるのでしょうか。

義ノ富士(草野)は最初に入る予定だった宮城野部屋が閉鎖されたため、伊勢ケ浜部屋に入門しました。

▼関連記事▼