炎鵬と舞の海が似ている?体格や技を徹底比較!

幕内最軽量で大相撲の土俵を沸かせている炎鵬関ですが、昔同じような小兵力士に舞の海関がいましたね。

舞の海さんは現在は大相撲の解説者などとして活躍されていますが、炎鵬関を見ていると当時の舞の海関を思い出す人も多いのではないでしょうか。かくいう私もその一人です。

二人は体の小ささだけでなく、顔が丸みを帯びているところも似ているなあと。

炎鵬関が大きな相手をかき回して倒した時のお客さんの歓声がもうね。昔の舞の海関を見ているようです。

そこで炎鵬関と当時の舞の海関の体格や技などを比較してみました。

炎鵬関のその他の記事はこちら
炎鵬まとめ

炎鵬と舞の海の体格差

炎鵬関は身長が168cm、体重が99kgです。

一方関取時代の舞の海関は身長が171cm、体重が101kgなので、二人ともほぼ同じくらいの体格になりますね。

ただ舞の海さんは入門当時の身長が169cmで、当時の新弟子検査に受かるには173cm以上必要だったので、あと4cm足りなかったのです。

そのため手術で頭にシリコンを埋め、身長を高くして合格しているんですよ。どうしても受かりたくて必死だったのでしょう。

当時は兄弟子に頭を殴ってもらってコブを作って背を高くしたりと、痛い思いをして検査を受けた人も多かったようです。

現在は身長167cm以上あればいいので、基準はゆるくなっているんですね。

炎鵬関は168cmだからギリギリ基準を上回ったといったところです。

得意技の比較

舞の海関の得意技は左差し、下手投げ、内無双、切り返しでした。

内無双とは自分の上手で相手の足の膝の内側を掬い上げ、体を捻って相手を倒す技で、切り返しとは相手の膝の裏側に自身の膝を当て、相手を後方に倒す技です。

舞の海関はいろいろな技で相手を倒すことから「技のデパート」と呼ばれていました。

立合いで相手の目の前で両手をパチンと叩いて目をつぶらせる猫だましや、立合いと同時に大きく横に飛び上がって、相手の横や背後に回り込むこむ八艘跳びなど、大きな相手に立ち向かうために多彩な技を駆使していました。

後ろに下がる立合いなんてのもあって観客を沸かせていましたね。外掛け、内掛けなどの足技もよく使っていたようです。

そんな舞の海関が受賞した三賞は技能賞ばかり5回。まさに「技のデパート」と言われるのにふさわしいですね。

一方炎鵬関の得意技は左四つ、下手投げです。そして「ひねり王子」の愛称があるように、ひねり技もあります。

舞の海関は横に飛んだりといった変化が多かった印象ですが、炎鵬関はあまり変化をすることがないようです。小細工をしない正攻法が理想のようで、前に出る相撲がしたいそうですよ。

炎鵬関も幕内2場所目にして初めての三賞である技能賞を獲得しています。

「平成の牛若丸」と呼ばれた舞の海関に対し、炎鵬関は「令和の牛若丸」と呼ばれているのもうなずけますね。

決まり手の比較

軍配

今度は二人の決まり手を比較してみましょう。

舞の海関の引退前6場所の取組の決まり手は次のようになっています。

下手投げ38% 送り出し14% 切り返し12% その他36%

炎鵬関の過去6場所の取組の決まり手はこちら。

寄り切り22% 押し出し14% 下手投げ14% その他50%

舞の海関は切り返しが12%入っていることから、やはり足技を多く使っていたことがわかります。

一方炎鵬関は左四つが得意技なだけあって、寄り切りが一番多いですね。炎鵬関が言うには切り返しは得意ではないそうです。

足技を使うより、相手の足を抱えて倒す足取りを得意としているようです。

そしてその他が50%もありますが、炎鵬関はそれだけいろんな決まり手で勝っていることになるんですね。

炎鵬関と同じ小兵で炎鵬関より1cm高いだけの照強は、決まり手の中では押し出しが一番多く48%で、その他は29%なんです。

このように比較すると炎鵬関の技の幅がわかるのではないでしょうか。

入門前は教員志望だった二人

舞の海関は日本大学の経済学部で学び、社会の高校教員免許を取得しました。

山形県の高校教師に内定していましたが、夢であった大相撲への道をかなえるため、母親の反対を押し切り大相撲に入門したのです。

一方、炎鵬関も大学で保健体育の教員免許を取得し、最初は教員になろうとしていたのです。

しかし白鵬関のいる部屋へ見学に行ったことから白鵬関にスカウトされ、大相撲に入門となりました。

二人とも入門前は教員になろうとしていたという共通点があったんですね。人に教えることが好きなんでしょうか。

好みの女性も同じ?

舞の海関は現役時代に6歳年上の女性に一目惚れして結婚しました。

その女性には6歳と4歳の子どもがいたのですが、子育てをしていることを知ってさらに好きになったそうです。

炎鵬関も好きな女性のタイプは年上だそうです。

雑誌の表紙に出ていたフリーアナウンサーの田中みな実さんに一目惚れしたことをテレビで告白していたので、炎鵬関も舞の海関も一目惚れ体質なのでしょうかね。

炎鵬関も姉さん女房となる可能性が高そうです。

炎鵬は舞の海を超えられるか

舞の海関は1996年の名古屋場所で体重270kgを超える小錦関との対戦で、小錦関が舞の海関の左膝へ倒れ込んだことで、舞の海関は左ヒザ靭帯を損傷し、十両へ陥落しました。

その後幕内へ復帰しましたが、再び十両に陥落し、左足首靭帯を損傷して引退となりました。

舞の海関の最高位は小結で、三役は1場所だけでした。

舞の海関が小結に昇進した平成6年には幕内平均体重が153kgでしたが、令和元年となると平均163kgまで増えています。

だから炎鵬関は舞の海関の現役時代より大きな相手と戦っていることになるんですね。そんな中で炎鵬関はどこまで番付を上げられるかが気になります。

白鵬関は「大関になれる」と言っていますが、怪我さえなければ実現するかもしれませんね。

まとめ

炎鵬関と当時の舞の海関を比較しました。得意技も決まり手も両者には違いがありましたね。

小さな力士が大きな力士を倒すのを見るのも相撲の醍醐味です。そんな相撲にお客さんが大喜びする様子は昔も今も同じようですね。

意外にも炎鵬関は現役時代の舞の海関を知っていて、子ども心にすごいなと思っていたそうです。

小学校の卒業文集に「頭を使った頭脳相撲で大きい力士を倒し、観客を魅了する舞の海のような力士になりたい」と書いているんですよ。

炎鵬関は1994年生まれで舞の海関は1999年に引退。つまり5歳の時までしか見ていないんですが、炎鵬関はちょうど5歳の時に相撲を始めたので、大相撲中継を熱心に見ていたのでしょう。

だからでしょうか。炎鵬関は新十両の昇進インタビューで解説の舞の海さんに「大きな相手と対戦する時に一番意識していたことはなんですか?」と聞いていたのです。

あこがれの舞の海さんにぜひ聞きたかった質問なのでしょう。