豊ノ島(井筒親方)の嫁がきれい!子供は何人で現在は?

人気力士の豊ノ島は引退して井筒親方になりました。

豊ノ島のお嫁さんは美人と評判ですが、馴れ初めはどのようなものだったのでしょう。子供は何人いるのでしょうか。

引退してから現在までもまとめました。

豊ノ島の美人妻

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京都で桜を見に?? 撮影は娘です?? やるな?? #豊ノ島 #京都 #桜 #娘がカメラマン

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豊ノ島は2009年5月、歌手の竹内沙帆(すなほ)さんと共通の友人の誕生日会で知り合いました。

沙帆さんに一目惚れした豊ノ島が7月に交際を申し込んだところ、沙帆さんに「2ケタ勝って、三賞を取ったら」という条件を出されたそうです。

しかしその直後の名古屋場所では東前頭7枚目で8勝7敗。2ケタ勝てなかったんですね。

次の9月場所では「勝ち越したら」と条件がゆるくなりましたが、7勝にとどまり、翌11月場所で勝ち越して交際が始まりました。

この場所は11勝を挙げ、技能賞まで獲得したのです。2ケタ勝って三賞獲得という元の条件を遅ればせながら満たしたわけですね。

豊ノ島と沙帆さんは2010年5月に婚約し、2011年2月に婚姻届を提出。そして10月に都内のホテルで結婚披露宴を挙げました。

交際から約半年での婚約ですから、わりと早かったことになります。

沙帆さんのほうは豊ノ島の見た目と声が気に入ったそうです。

ということは沙帆さんの方も最初から豊ノ島のことを好きだったのかもしれませんね。

豊ノ島は披露宴で「かかあ天下は間違いない」と話し、沙帆さんは「異論はありません」と答えて、息が合っているところを見せていたようです(笑)。

竹内沙帆プロフィール

ここでお嫁さんの竹内沙帆さんについて簡単にご紹介します。

生年月日:1981年6月20日

出身地:富山県高岡市

職業:歌手

身長:172cm

体重:54kg

豊ノ島は1983年生まれなので、沙帆さんは2歳上になります。そして身長も豊ノ島より2cm高いのです。

出身は富山県となっていますが、幼少期は大阪で過ごし、1993年に父親の仕事の関係で富山に移り住んでいます。

父親は高岡市で以前ローソンを経営されていて、豊ノ島が1日店長として接客をしたこともあります。

沙帆さんは3歳からピアノを習い始め、富山県立小杉高校に進学。

2年生の時に番組のオーディションに合格し、富山代表3人組ユニット『きときと』として『ヒスイ海岸』を発表しました。

その後同志社女子大学に進学し、「ミス京都コンテスト」でグランプリを受賞。さすが美人のことはあります。

在学中に女性ボーカルユニット『PACHAMAMA』のメンバーに加入しますが、その後解散。

そして杉元砂八子(Sayako)さんとユニット『SUNAHO&SAYAKO』を組み、後に『唄奴(うたやっこ)』と改名します。

2011年1月になると唄奴としての活動を休止しました。

その後はプロレスのリングアナウンサーとして活動していましたが、2011年12月を最後に休業しています。

豊ノ島とはこの年に結婚しているので、夫を支える方を優先したのでしょう。

子供

豊ノ島と沙帆さんとの間に娘さんが一人生まれました。名前は希歩(きほ)ちゃん。断髪式では家族三人で写っていました。

目元が父親に似ているようです。

一人娘だからか豊ノ島はデレデレのようで、希歩ちゃんも父親が大好きで相撲を応援することを何よりの楽しみにしていたそうです。

テレビで活躍する父親が自慢でもあったのでしょう。

豊ノ島が引退する時は号泣したため、豊ノ島が説得してわかってもらったそうです。

家族仲がいいようですね。

豊ノ島プロフィール

本名:梶原大樹

愛称:カジ、いきちゃん、とよちゃん

生年月日:1984年6月26日

出身地:高知県宿毛市

血液型:A型

身長:169cm

体重:166kg

所属部屋:時津風部屋

得意技:左四つ・下手投げ

引退から現在まで

豊ノ島は時津風部屋に入門し、2002年1月場所で初土俵を踏みました。

2004年9月場所で新入幕を果たし、2008年9月場所で関脇に昇進。

しかし2016年7月、稽古中に左足のアキレス腱を断裂し、幕下へ陥落。

2019年3月場所で幕内に復帰するも、2020年3月場所で幕下に陥落。その場所の負け越しが決まり、場所後の4月に引退となりました。

最高位は東関脇で殊勲賞3回、敢闘賞3回、技能賞4回獲得しました。

引退後は年寄・井筒を襲名しましたが、借株なのでいずれ井筒は返却し、新しく年寄を取得すると思われます。

豊ノ島はてんかんの持病を抱えながら相撲を続けていました。

入門した時から公表していたそうですが、あまり知られておらず、入門後の発作は1回だけだったようです。

胸から行く立ち合いは脳波に異常があると検査で言われたからでした。

そんな豊ノ島が自伝本を出版しました。てんかんを患った幼いころから18年間の現役生活までまとめられています。

豊ノ島は現在時津風部屋で指導しながら、指導普及部・社会貢献部の職務に当たっています。

豊ノ島の嫁と子供まとめ

豊ノ島は2歳上の竹内沙帆さんと結婚し、娘さんが一人できました。

豊ノ島は関脇まで昇進しましたが、ケガにより幕下まで陥落した後、幕内に復帰。

その後再び幕下に落ちて引退を決めました。

引退後は井筒(借株)を襲名し、時津風部屋で後進の指導に当たっています。

大相撲の解説も楽しみですね。

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