阿武剋関は初土俵から4場所目で十両に昇進しました。
今後の活躍が期待できますが、阿武剋関の学歴はどのようなものなのでしょう。
出身中学や高校、大学をまとめました。
阿武剋の学歴
阿武剋の出身中学校
阿武剋関は2000年5月5日、モンゴル・オブス県で生まれました。
オブス県はモンゴルの相撲どころと呼ばれていて、多くの横綱が誕生しているところです。
阿武剋関は9年制のエレデム・オリギル・ヅオゴヅボル・ゾロゴール学校に入学しました。
モンゴルは小学校と中学校一貫の9年制学校なので、上の長い名前の学校が阿武剋関の卒業した小・中学校になります。
阿武剋関は小学6年生から中学3年生までサッカーをしていて、中学3年生の最後の半年くらいはレスリングとモンゴル相撲をやっていました。
小学1年生からはチェスもやっていて、県大会3位になったことがあるそうです。
阿武剋関の趣味はチェスとなっていますが、実力もあるんですね。
また中学1年生と2年生の時には数学オリンピックのオブス県大会で優勝しました。
横綱照ノ富士関もモンゴル国内の数学オリンピックで、金1回、銀1回、銅2回メダルを獲得しています。
二人とも頭がいい人のようですね。
阿武剋の出身高校
阿武剋関は15歳で来日し、神奈川県小田原市にある私立の旭丘高等学校に相撲留学しました。
相撲経験はありませんでしたが、旭丘高校がモンゴルで開いた選考会を受け、留学が決まったようです。
阿武剋関は中学までは数学に打ち込んでいましたが、日本の大学で学びたいという希望を持っていたそうです。
阿武剋関は同校の留学第1期生で、高校で相撲を本格的に始めました。
高校での相撲の成績は以下の通りです。
高校1年
・高校総体団体32強
高校2年
・関東大会無差別級優勝
・高校総体個人64強
・国体団体16強
高校3年
・世界ジュニア選手権団体2位
・高校総体個人2位
・国体団体2位、個人16強
阿武剋関は高校2年の時点で、日本語を覚えるためのノートをつける必要がなくなったそうです。
来日したばかりの頃は言葉に苦労したようですが、一生懸命日本語を勉強したのでしょう。
中学の時に数学オリンピックで優勝しているくらいだから、元々勉強が好きなのかもしれませんね。
阿武剋関は英語も得意だったそうです。
阿武剋の出身大学
阿武剋関は高校を卒業後、日本体育大学に進学しました。偏差値は35~45です。
大の里関とは同級生で、一緒に戦ってきた仲間でした。
阿武剋関の大学での相撲の成績は以下の通りです。
大学1年
・東日本新人戦2位
・全国学生選手権16強
大学2年
・全国学生選手権8強
・全日本選手権16強
大学3年
・東日本無差別級優勝
・全国無差別級3位
・全国学生選抜3位
・全国学生選手権16強
・全日本選手権32強
大学4年
・東日本無差別級優勝
・全国大学実業団対抗刈谷大会2位
・全国無差別級3位
・全国大学実業団対抗和歌山大会3位
・全国学生選手権優勝
・全日本選手権16強
引用:『相撲』2024年5月号
阿武剋関は大学4年生の時に全国学生選手権で優勝して学生横綱となりましたが、その時の決勝の相手が大の里関でした。
大の里関とは同級生ということもあり、比較されがちですが、やはり阿武剋関にとって意識する相手だそうです。
学生横綱となったことで、阿武剋関は幕下15枚目格付出の資格を得ました。
大学卒業後は就職を考えていましたが、高校1年生の時からやってきた相撲で頑張りたいと思ったそうです。
そこで大学の相撲部監督に相談したところ、阿武松部屋を紹介され、入門となりました。
阿武剋の学歴は?出身中学・高校・大学まとめ
阿武剋関は小・中学校一貫校のエレデム・オリギル・ヅオゴヅボル・ゾロゴール学校に通いました。
そして15歳で来日し、神奈川県の旭丘高等学校に相撲留学しました。
その後、日本体育大学に進学。
阿武剋関は大学4年生の時に学生横綱となり、幕下15枚目格付出の資格を獲得し、阿武松部屋に入門しました。
阿武剋関は大学を卒業しているので、学歴は大卒になります。
▼関連記事▼